「……ここってもしかして」
「はい、ホエール地方を治める領主パルメ子爵様の居城です」
教会を離れて十分ほど。
フォーデン様に案内されたのは、街の北にある大きなお城だった。
「サタさんのことをパルメ様にお伝えしたところ、直接お話を聞きたいと」
「……え? 領主様が?」
「はい」
唖然としてしまった。
ホエール地方の民を救うなんて言っていたので、てっきり「教会から施しを受けている貧しい人たちを助けたい」みたいなものかと想像していた。
だけどまさか、パルメ様の名前が出てくるなんて。
要するにこれって、今から領主様に謁見するってことだよね。
子供の頃に両親と一緒に王都に住む貴族に会いに行ったことはある。魔導院時代には貴族の護衛の仕事もした。
だけれど、面と向かって会話なんてしたことはない。
考えただけで足が震えてきた。
ララノとブリジットには宿に戻ってもらったけれど、こんなことなら一緒に来てもらったほうがよかったかもしれない。
「……今更そんなことを言っても遅いか」
心を落ち着けさせるために深呼吸をしてから、フォーデン様とお付きの司祭さんたちの後を追ってお城の中に入っていく。
モンスターの事件があったからか、城内は物々しかった。
商人っぽい服装の人たちが行き交い、そこかしこに立っている甲冑を着た衛兵が彼らににらみを利かせている。
入り口で所持品の検査をされてから広間を抜けて二階へと向かう。
物々しい雰囲気からか、自分がどこにいるのか忘れてしまいそうになる。
だけれど、天井にあるブロンズのシャンデリアや煌びやかな装飾が、ここが領主様の居城だということを思い出させる。
厳戒態勢のせいか、フロアをまたぐたびに身体チェックをされながら、ようやく目的地らしき部屋に到着した。
ようやく謁見の間に到着かな……と思ったけど、違っていた。
ここは客間か。
部屋の壁面には演劇か何かのワンシーンが描かれていて、天井からは広間と同じようなシャンデリアが下がっている。
部屋の中央には巨大な円形のテーブルが置いてあって、いかにも貴族然とした方たちがぐるっとテーブルを囲んでいた。
さらに、壁際には甲冑を身にまとった兵士がずらり。
僕たちが部屋に入った瞬間、恐ろしい形相で彼らに睨まれた。くしゃみでもしたらすぐに取り押さえられそうな雰囲気だ。
なんだろう、この物々しい雰囲気は。
フォーデン様たちが一緒にいてくれて本当によかった。
「フォーデン司教」
と、円卓を囲んでいたひとりが手を上げた。
年齢は四十代半ばといったところだろうか。ざっと見る限り、テーブルを囲んでいる人たちの中で一番若い気がする。
短髪の黒髪で、ラングレさんと同じカイゼル髭を蓄えた紳士っぽい男性。
一番若く見えるけれど、この場所で一番威厳があるように思える。
「子爵様、先刻ご報告させて頂きました、例の男性をお連れいたしました」
フォーデン様が頭を垂れた。
子爵。ということは、あの人がパルメザンとホエール地方を統治している領主パルメ子爵様か。
「その者が話にあった男か」
「左様でございます」
「そうか。よくぞ参った。近くに来るがいい」
パルメ様が手招きする。
フォーデン様を先頭に、司祭さんたちとパルメ様の近くへと向かう。
近くで見るパルメ様の威圧感は凄かった。返答を間違うと即座に首を斬られてしまうんじゃないかという怖さがある。
フォーデン様と司祭さんたちが膝を折ったので、僕も習って床に膝をつく。
「……ふむ」
パルメ様はそんな僕を値踏みするように見ていた。
「意外と若いな。名は何という?」
「……あ、えと」
「良いぞ、発言を許可する」
「サ、サタ、と申します」
緊張のあまりちょっと声が裏返ってしまった。
「サタ、か。お前が街に持ち込んだ農作物を口にした者の体から瘴気が消えたという話を耳にしたが、|真(まこと)か?」
「は、はい。その通りでございます」
「瘴気の毒はあらゆる薬を跳ね除け、治療することができない呪いだと聞いている。なぜお前が持ち込んだ農作物でそのようなことができるのだ?」
「私の魔法によるものでございます」
そうして僕はここに至るまでのことをパルメ様に説明した。
僕が持っている付与魔法の加護のこと。
元々は王宮魔導院で付与魔法や植物、瘴気の研究をしていたこと。
院をやめてホエール地方で農園を開いたこと。
そして、その中で「瘴気浄化」の合わせ付与の効果を発見したこと。
周囲の貴族っぽい人たちから「そんなことがあり得るのか?」という疑問の声が上がっていたが、パルメ様は静かに僕の言葉に耳を傾けていた。
「……というわけでございます」
「…………」
一通り説明を終えたけど、パルメ様は口を閉ざしたままだった。
しばし張り詰めたような沈黙が部屋に流れる。
コソコソと何やら耳打ちをしあっている貴族たちの視線が痛い。
「ひとつ尋ねたいことがある」
重苦しい空気の中、パルメ様が口を開く。
「瘴気浄化の効果があるという農作物は、量産可能なものなのか?」
「はい。瘴気浄化の仕組みは解明しておりますし、呪われた地での農作物を育てる方法も確立しております」
「そうか」
あっさりとした返事。
これは信じてもらえていない感じか?
そう思ったのだが──。
「サタ。お前も知っているとは思うが、先日、パルメザンが瘴気とモンスターに襲われた」
パルメ様がそう切り出す。
「だが、瘴気の被害を受けたのはパルメザンだけではない。北のキロット、西のアインクラッド、オリドールも同時に瘴気の被害を受けたと報告が上がっている」
まさか、と思った。
今、領主様の口から出たのはホエール地方にある街の名前だ。そのどれもが数ヶ月前の大海瘴の被害を免れた場所でもある。
そこに同時にモンスターが現れて瘴気が発生したということは、つまり──。
「大海瘴の前触れではないか、というのが識者たちの見解だ」
背筋に寒いものが走った。
「はい、ホエール地方を治める領主パルメ子爵様の居城です」
教会を離れて十分ほど。
フォーデン様に案内されたのは、街の北にある大きなお城だった。
「サタさんのことをパルメ様にお伝えしたところ、直接お話を聞きたいと」
「……え? 領主様が?」
「はい」
唖然としてしまった。
ホエール地方の民を救うなんて言っていたので、てっきり「教会から施しを受けている貧しい人たちを助けたい」みたいなものかと想像していた。
だけどまさか、パルメ様の名前が出てくるなんて。
要するにこれって、今から領主様に謁見するってことだよね。
子供の頃に両親と一緒に王都に住む貴族に会いに行ったことはある。魔導院時代には貴族の護衛の仕事もした。
だけれど、面と向かって会話なんてしたことはない。
考えただけで足が震えてきた。
ララノとブリジットには宿に戻ってもらったけれど、こんなことなら一緒に来てもらったほうがよかったかもしれない。
「……今更そんなことを言っても遅いか」
心を落ち着けさせるために深呼吸をしてから、フォーデン様とお付きの司祭さんたちの後を追ってお城の中に入っていく。
モンスターの事件があったからか、城内は物々しかった。
商人っぽい服装の人たちが行き交い、そこかしこに立っている甲冑を着た衛兵が彼らににらみを利かせている。
入り口で所持品の検査をされてから広間を抜けて二階へと向かう。
物々しい雰囲気からか、自分がどこにいるのか忘れてしまいそうになる。
だけれど、天井にあるブロンズのシャンデリアや煌びやかな装飾が、ここが領主様の居城だということを思い出させる。
厳戒態勢のせいか、フロアをまたぐたびに身体チェックをされながら、ようやく目的地らしき部屋に到着した。
ようやく謁見の間に到着かな……と思ったけど、違っていた。
ここは客間か。
部屋の壁面には演劇か何かのワンシーンが描かれていて、天井からは広間と同じようなシャンデリアが下がっている。
部屋の中央には巨大な円形のテーブルが置いてあって、いかにも貴族然とした方たちがぐるっとテーブルを囲んでいた。
さらに、壁際には甲冑を身にまとった兵士がずらり。
僕たちが部屋に入った瞬間、恐ろしい形相で彼らに睨まれた。くしゃみでもしたらすぐに取り押さえられそうな雰囲気だ。
なんだろう、この物々しい雰囲気は。
フォーデン様たちが一緒にいてくれて本当によかった。
「フォーデン司教」
と、円卓を囲んでいたひとりが手を上げた。
年齢は四十代半ばといったところだろうか。ざっと見る限り、テーブルを囲んでいる人たちの中で一番若い気がする。
短髪の黒髪で、ラングレさんと同じカイゼル髭を蓄えた紳士っぽい男性。
一番若く見えるけれど、この場所で一番威厳があるように思える。
「子爵様、先刻ご報告させて頂きました、例の男性をお連れいたしました」
フォーデン様が頭を垂れた。
子爵。ということは、あの人がパルメザンとホエール地方を統治している領主パルメ子爵様か。
「その者が話にあった男か」
「左様でございます」
「そうか。よくぞ参った。近くに来るがいい」
パルメ様が手招きする。
フォーデン様を先頭に、司祭さんたちとパルメ様の近くへと向かう。
近くで見るパルメ様の威圧感は凄かった。返答を間違うと即座に首を斬られてしまうんじゃないかという怖さがある。
フォーデン様と司祭さんたちが膝を折ったので、僕も習って床に膝をつく。
「……ふむ」
パルメ様はそんな僕を値踏みするように見ていた。
「意外と若いな。名は何という?」
「……あ、えと」
「良いぞ、発言を許可する」
「サ、サタ、と申します」
緊張のあまりちょっと声が裏返ってしまった。
「サタ、か。お前が街に持ち込んだ農作物を口にした者の体から瘴気が消えたという話を耳にしたが、|真(まこと)か?」
「は、はい。その通りでございます」
「瘴気の毒はあらゆる薬を跳ね除け、治療することができない呪いだと聞いている。なぜお前が持ち込んだ農作物でそのようなことができるのだ?」
「私の魔法によるものでございます」
そうして僕はここに至るまでのことをパルメ様に説明した。
僕が持っている付与魔法の加護のこと。
元々は王宮魔導院で付与魔法や植物、瘴気の研究をしていたこと。
院をやめてホエール地方で農園を開いたこと。
そして、その中で「瘴気浄化」の合わせ付与の効果を発見したこと。
周囲の貴族っぽい人たちから「そんなことがあり得るのか?」という疑問の声が上がっていたが、パルメ様は静かに僕の言葉に耳を傾けていた。
「……というわけでございます」
「…………」
一通り説明を終えたけど、パルメ様は口を閉ざしたままだった。
しばし張り詰めたような沈黙が部屋に流れる。
コソコソと何やら耳打ちをしあっている貴族たちの視線が痛い。
「ひとつ尋ねたいことがある」
重苦しい空気の中、パルメ様が口を開く。
「瘴気浄化の効果があるという農作物は、量産可能なものなのか?」
「はい。瘴気浄化の仕組みは解明しておりますし、呪われた地での農作物を育てる方法も確立しております」
「そうか」
あっさりとした返事。
これは信じてもらえていない感じか?
そう思ったのだが──。
「サタ。お前も知っているとは思うが、先日、パルメザンが瘴気とモンスターに襲われた」
パルメ様がそう切り出す。
「だが、瘴気の被害を受けたのはパルメザンだけではない。北のキロット、西のアインクラッド、オリドールも同時に瘴気の被害を受けたと報告が上がっている」
まさか、と思った。
今、領主様の口から出たのはホエール地方にある街の名前だ。そのどれもが数ヶ月前の大海瘴の被害を免れた場所でもある。
そこに同時にモンスターが現れて瘴気が発生したということは、つまり──。
「大海瘴の前触れではないか、というのが識者たちの見解だ」
背筋に寒いものが走った。