馬車に野菜を載せ、向かった街の教会にはたくさんの人が集まっていた。

 怪我人だけが運ばれていると思っていたけれど、家を失った人たちもここに避難しているようだ。

 教会は人々に教えを説いたり医療行為が行われる場所だけではなく、「砦」としての役割も持っている。

 献金や高価な寄付品が集まる教会は、外敵の侵入を拒むためにお城並に堅牢な作りをしていることが多いのだ。

「……え? 料理を振る舞わせて欲しい?」

 そんな彼らに温かいものを振る舞おうと、炊き出しをしている司祭さんたちに声をかけた。

「はい、火と調理器具を貸していただけないかなと」
「ありがたい申し出なのですが、料理に使える食材が残っていなくて」
「あ、大丈夫です。食材は僕たちが持ってきましたから」

 丁度ブリジットが馬車から野菜が満載になっている樽を降ろしてきた。

 それを見て、司祭さんが目を丸く見開く。

「す、凄い! こんなにたくさんの作物をどこで!?」
「僕の農園で作った野菜ですよ」
「……つ、作った?」

 司祭さんは二重の困惑といった感じだった。

「とりあえず、焚き火と鍋をお借りしてもいいですか?」
「あ、え……と、もちろん大丈夫ですけど、あの、私たちも野菜の運搬をお手伝いしましょうか?」
「ありがとうございます、助かります」

 結構な量を持ってきたので、手伝ってもらえるのは素直に助かる。

 荷降ろしはブリジットと司祭さんたちに任せて、僕とララノ、それと一緒に来てくれたプッチさんで料理の準備をすることにした。

 焚き火にかけられた鍋にはスープが入っていた。

 具があまり無いのは食料不足のせいだろう。

 栄養を取ってもらうためにも、野菜は多めに使ったほうがいいかもしれないな。

「それで、何を作る予定なの?」

 樽から野菜を出しながら、まな板とナイフを準備しているララノに尋ねた。

「そうですね……できるだけ多くの人に食べてもらえるように、シンプルに野菜スープを作りましょうか」
「野菜スープか」

 確かにそれが良いかもしれない。

 野菜スープなら入れる野菜を選ばないし、旨味が出ているスープを飲むだけで瘴気の浄化作用が現れるかもしれない。

 というわけで司祭さんから鍋を借りて、手分けして野菜を切り始める。

「サタ先輩、最後の野菜を持ってきたぞ」

 ブリジットが焚き火のそばにひときわ大きい樽を降ろした。

 一緒に樽を運んでくれていた司祭さんたちはヘロヘロになっているのに、彼女の表情には全く疲れが見えていない。

 流石は最強剣士だな。

「次は何をすればいい?」
「街の井戸で水を汲んで来て欲しい。飲料水が心もとなくなってるみたいだから」
「承知した」
「もしかすると瘴気の影響で井戸が使えなくなってるかもしれないから、そのときは居酒屋に行って飲料水を確保してくれると助かる」
「わかった。まかせてくれ!」

 と、意気揚々と出発しようとしたブリジットだったけれど、全く検討違いの方向に走り出したので、慌てて引き止めて司祭さんに案内をお願いすることにした。

 僕とプッチさんは引き続き野菜を切っていく。

 ララノは僕たちがカットした野菜を鍋に入れ、オリーブオイルと一緒に炒める作業だ。

「プッチさんの野菜、使っちゃってすみません」

 隣で黙々と野菜を切っているプッチさんに、何気なく話しかけた。

 彼女はしばらくキョトンとしていたが、すぐに笑顔を覗かせる。

「何を言ってるんですか。こういうときに役立ててこそですよ」
「でも、商会に卸せなくなるのは結構痛いですよね? 付与魔法を使えばすぐに野菜は出来るので、また同じ量をプッチさんに──」
「そこはお気になさらず。調整役のお仕事でお金はリンギス商会からたんまりと貰ってますから」

 ニッシッシと、少しだけ邪な笑みを浮かべるプッチさん。

 その周到さというか強かさに感心してしまった。

 流石は商人だ。非常事態とはいえしっかりしている。

 などと話していると、鍋の野菜に油が周ったのかいい香りがしてきた。

 ララノが司祭さんが作ったスープの出汁を投入する。肉を煮たスープでそのまま出汁に流用できそうなので使うことにしたらしい。

 塩コショウを適量入れてから蓋をして、グツグツと煮込む。

 十分ほど待って、僕の「免疫力強化」の付与魔法で味付けをして完成だ。

 ちょっと味見をしてみたけれど、野菜のコクがアクセントになって凄く美味い。

 こんな環境でも美味しい野菜スープが作れるなんて、流石はララノだ。

「お待たせしました。野菜スープの完成です」

 近くで怪我人の治療に当たっていた司祭さんに声をかけた。

「おお、ありがとうございます。早速皆さんに振る舞って──」
「あ、このスープは瘴気浄化の効力がありますので、瘴気を吸い込んでしまった方たちから食べさせてあげてください」
「……え? 瘴気、浄化?」
「あ〜、ええっと……とにかく、瘴気で苦しんでいる人たちからお願いします。説明は後ほどしますので」
「は、はい、わかりました」

 困惑する司祭さんだったが、言われたとおりに教会の座席をベッド代わりにしている瘴気にやられた人たちにスープを運んでいく。

 僕たちも他の司祭さんと一緒に、スープを持って別の患者さんの所へ。

「できれば重傷者から食べさせてくださいね」
「わ、わかりました」

 司祭さんが意識を失っている患者の口に恐る恐るスープを運ぶ。

 しっかりと飲み込んだのを確認して、しばし様子を見る。

 すぐに死人のようだった患者さんの顔に血色が戻った。

 さらに、浅かった呼吸もゆっくりとした寝息のようなものに変わる。

「すっ、凄い! 一体この料理は何なんですか!? どうしてこんなことが!?」
「特殊な魔法を使って育てているので、瘴気浄化の効力があるんですよ」
「…………」

 司祭さんは理解不能と言った感じで黙り込んでしまった。

 だけど、理由はわからなくても、このスープを食べさせれば瘴気にやられた人たちを救えるということは理解できたのだろう。

 司祭さんたちは率先して患者さんたちにスープを配って周った。

 僕たちも、水汲みから戻ってきたブリジットと一緒にスープを振る舞っていく。

 次第に教会の中がざわめきはじめ、やがて大きな騒ぎになっていった。

 元気になった人たちが助かったことを喜びあい、中には僕に握手を求めてくる人もいた。

「……本当に瘴気を浄化しちゃったんですね」

 そんな人たちを見て、プッチさんがしみじみと言う。

「呪われた地で野菜を育てられるだけじゃなく、瘴気まで浄化してしまうなんてこれは相当なお金になる……じゃなくて、本当の救世主じゃないですか」
「今、お金になるって言いました?」
「いえ、言ってません」

 プッチさんの目が金貨になっているような気がするけど、見間違いかな。

「……失礼します」

 などと他愛のないことを話していると、背後から誰かが声をかけてきた。

 振り向いた僕の目に映ったのは、ひとりの男性だった。

 司祭さんたちに囲まれているその弾性は、ひときわ目立つ白いポンチョのような祭服を身にまとっていて、いかにも責任者っぽい雰囲気がある。

「この度は私どものためにご尽力下さり、誠にありがとうございます。私はこの教区を任されておりますフォーデンと申します」

 フォーデンと名乗った男性がやうやしく頭を下げた。

 教区を任されているということは、この方が教会の長である司祭様か。

 流石に恐縮してしまった。

 司教様は年に数回ある催事のときにしかお目にかかれない存在なのだ。

 隣を見ると、ブリジットやララノ、プッチさんまで目をまん丸くしている。

「あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」

 フォーデン様が尋ねてくる。

「僕はサタと言います。こっちはララノとブリジット。それにプッチです」
「お会いできて光栄です、フォーデン司教様」

 即座にペコリと頭を垂れたのは、プッチさんだ。

 流石はフリーで世界を渡り歩いている商人だ。こういう場面には慣れているのかもしれない。

「サタさんにララノさん、ブリジットさんにプッチさんですね。重ね重ねありがとうございます」

 フォーデン様は頭を下げたあと、優しい微笑みを携えながら続ける。

「ときにサタさん、あなたがお持ちになった野菜を食べた者の体から瘴気が消えた……という話を伺ったのですが?」
「そうですね。僕が作った野菜を食べて瘴気が浄化されたんだと思います」
「たまたまあなたが育てた野菜にそういう効果が?」
「いえ、浄化の効果が出るように魔法をかけてあります」
「魔法」
「ええっと……付与魔法という魔法の効果です。その魔法を使えば呪われた地で作物を育てられたり、瘴気浄化の効果がある野菜を作ったりできるんです」
「…………」

 じっと僕の顔を見るフォーデン様。

 疑われている感じがする。

 まぁ、付与魔法なんて聞いたこともないだろうし、疑われて当然か。

 感謝されるために彼らを助けたわけじゃないし、妙な勘違いをされる前にお暇したほうが良いかもしれない。

 などと考えていると、フォーデン様がおもむろに口を開いた。

「ご無礼を承知で、サタさんにお願いがあります」
「は、はい、なんでしょう?」
「ホエール地方の民を救うために協力しては頂けませんでしょうか?」
「……へ?」

 ホエール地方の民を救う?

 いきなりデカイ話を振られて、戸惑ってしまった。

 相手は司教様だし、嘘偽りなく付与魔法のことをお伝えしたほうが良いかなと思ったけど……これって、ちょっと面倒な話になってきた感じじゃない?