「いやいや、本当にご無沙汰しております」

 馬車から降りてきたサクネさんが嬉しそうに僕の手を握ってきた。

 本当にご無沙汰だ。

 サクネさんと別れてから何度もパルメザンに行っているけど、結局一度も顔を合わせていない。連絡手段がないので会えなくて当然といえば当然だけど。

「ええと、そちらの方は……サタ様の奥方様ですか?」
「ちっ、違うます!」

 ピンと耳を立てるララノ。

 ララノさんってば、慌てすぎて噛んじゃったよ。

「彼女はララノ。元々はこの近くの集落に住んでいて、今は農園を手伝ってもらっているんです」
「おお、そうでしたか。これは失礼なことを」
「い、いえ、失礼なことなんて何も。むしろ光栄というか」
「……はい?」

 光栄って何が?

 首を捻っていると、ララノは顔を真っ赤に染めて続ける。

「そ、そんなことよりも、この方を紹介していただけますか?」
「あ、そうだね。この方はサクネさん。王都からパルメザンに向かってる途中で偶然知り合って街まで送ってもらったんだ。あ、ほら、街でホエールワインが飲める居酒屋を教えてもらった人って言えばわかるかな?」

 そう説明すると、ララノは「ああ、あの方ですね!」と手を叩いた。

 パルメザンでホエールワインが飲めているのはサクネさんのお陰なのだ。

「サクネさんとはあれ以来なので、二、三ヶ月ぶりくらいですかね?」
「もうそんなに経ちますか。いやはや、時間が流れるのは実に早いものですね」
「全くです」

 でも、凄く充実した穏やかな数ヶ月だった。

 オルトロス事件は少し肝を冷やしたけど。

「噂でサタ様の活躍は伺っていますよ。なんでも廃業寸前のブドウ園を救ったとか?」
「え、そんな噂が流れてるんですか?」
「はい。王都からやってきた学者先生がブドウ園を再生させて、多くの関係者を救ったと」
「お恥ずかしい限りです」
「何をおっしゃいます。誇るべき偉業じゃないですか」

 ニッコリと微笑むサクネさん。

 ああ、その笑顔に癒やされる。

「それで、どうしてサクネさんがここに?」
「ああそうでした。実は、プッチさんから言付けを頼まれましてね」
「え? プッチさんに?」
「はい。実は私とプッチさんは以前に同じ商人組合に所属していたことがありまして、今でも交流があるんですよ」

 商人組合は商人同士が相互に扶助しあう組織のことだ。

 商会と個人で取り引きできるような実績を持っていない商人は、組合の後ろ盾を使って商売をする必要がある。

 プッチさんは組合に所属していないフリーの商人だと言っていたので、フリーになる前にサクネさんと同じ組合にいたのだろう。

「そうだったんですね。それで、プッチさんは何と?」
「はい。『いつもの倍の額で買い取るので、規定の作物を持ってパルメザンに来てくれませんか』とのことです」
「……街に?」

 流石に訝しんでしまった。

 これまでそんなお願いをされたことはない。

 何か街を離れられない事情があるのだろうか。

「何かあったんですかね?」
「プッチさんに何かあったというわけじゃないと思います。プッチさんだけじゃなくて、私を含めて商人はてんやわんやになっていますからね……」

 小さくため息を漏らすサクネさん。

 一体、どういうことだろう。

 不思議に思っていると、サクネさんは言いにくそうに続けた。

「サタ様に隠していても仕方ないのでお話しますけれど、実は先日、パルメザンに瘴気が降りたんですよ」