とりあえず熟したトマトが入った樽は商会の荷揚げ夫に渡して、荷降ろしを続ける。

「……よし、これで最後の樽ですね」
「いやはや、本当にありがとうございます、サタ様」

 最後の樽を商会に運び終わったとき、サクネさんが何かを手渡してきた。

 小さな麻袋。

 何だろうと思って手にとったら、カシャリと貨幣の音がした。

「それはせめてものお礼です」
「ええっ!? いやいや、いいですよ! そんなつもりでお手伝いしたんじゃないですから!」
「いいえ、受け取ってください。ここまで助けて頂いたのに手ぶらで帰したんじゃ、『サクネのヤツはケチ臭い商人だ』って噂が流れちゃいます」

 グイグイと麻袋を押し付けてくるサクネさん。

 商人は評判でご飯を食べているって聞くし、そういう噂は死活問題なのかもしれない。

「わかりました。それじゃあ、ありがたく頂戴します」
「サタ様、本当に何から何までありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ」

 名残惜しそうに握手を求められたので、そっと握り返す。

 ひょんなことで知り合ったけれど、本当にいい人だった。パルメザンが故郷だって言ってたし、また会えるといいな。

「……あ」

 と、そんなことを考えていると、重要なことを聞き忘れていたことを思い出す。

「どうされました?」
「サクネさんにひとつお聞きしたいことがあったんでした」
「はい、なんでしょう?」
「この街に不動産屋ってありますかね?」
「不動産? 土地でも買うおつもりなんですか?」
「ええ、近くで農園を開こうかと思っていまして」
「農、園……?」

 サクネさんは呆れるように頬を緩める。

「なにかしら理由があるのでしょうが……学者先生がお考えになることは常人には到底理解が及びませんね」
「あはは……そんな大層な理由じゃありませんよ」

 でもまぁ、そういう反応をされて当然だろうな。

 作物が育たない呪われた地で農園を開こうだなんて、頭がおかしいと思われても不思議じゃない。

 でも、僕にとって呪われた地で農園をやるのは色々とメリットがある。

 人が寄り付かないということもあるけれど、何より安価で土地が手に入るのだ。

 特にホエール地方は、呪われた地を「特例地」として格安で販売している。

 特例地では税制優遇をはじめ、様々な特典を受けることができるらしい。

 わざわざホエール地方までやってきたのは、それがあるからなのだ。

「それなら、この広場の先にある『土地区画管理ギルド』に行くといいですよ」
「土地区画管理ギルド?」
「領主様に依頼されて土地や居住区を管理しているギルドです。ええっと……あの建物ですよ」

 サクネさんが指差したのは、広場の教会の向こうにあるお城のような白亜の建物だった。最初に見た時は領主様のお城かと思ったけど、違ったのか。

「ありがとうございます。早速行っています」

 僕は改めてサクネさんに頭を下げる。

 そうして僕は、サクネさんと別れて広場の先にあるという「土地区画管理ギルド」へと向かった。