「……あれ? どうしたの?」
「どうにも主賓扱いされるのが苦手でな。少し体を動かしたいのだが……」
気まずそうに頭を掻くブリジット。
ブリジットは紛うことなき名家のご令嬢。
事あるごとに晩餐やパーティに呼ばれているだろうし、主賓扱いされることに辟易しているのかもしれない。
「それじゃあ、トマトとオクラの収穫をお願いしてもいいかな?」
「承知した……と言いたい所だが、どうやって収穫すれば?」
「トマトとオクラは、ナイフでヘタの部分を切れば大丈夫だよ。ミニトマトは指で簡単に取れるから」
「なるほど」
「オクラは葉っぱの下に隠れて見つけにくいことがあるから、よく探してみて」
「わかった。やってみよう」
ブリジットは、緊張した面持ちでナイフを手に取る。
ちょっと心配なので、作業をしつつ彼女の作業に気を向けることにした。
「……ふむ。ナイフでヘタを切る、と」
恐る恐るトマトのヘタにナイフを当ててゆっくりと切るブリジット。
上手く取ることができたからか、パッと嬉しそうな顔をした。
それを見て、ほっこりしてしまう。
ブリジットは誰よりも刃物の扱いに慣れているはずなのに、ちょっとぎこちない感じが新鮮だ。
でも、ほっこりしたのはその一回だけだった。
ブリジットはすぐに慣れた手付きでサクサクと野菜を収穫していく。
なんだかすでに僕よりも上手くない?
「王都にも戻って来ないつもりなのか?」
トマトの収穫を終えて、オクラの収穫をはじめたブリジットが尋ねてきた。
一瞬、何のことを言っているのかわからずポカンとしてしまったけれど、今後のことだと気づいてすぐに返す。
「そのつもりだよ」
「どうしてだ? 魔導院を辞めるにしても、王都を離れる必要はないだろう」
「馬車でも話したけど、田舎でスローライフをするのが夢だったんだ。こうやって畑で野菜を育てて、のんびり暮らす生活に憧れてた」
この世界に転生したときにあのエロ神様に願ったのは「のんびり生きたい」という願望だった。
その願望を叶えるために入った魔導院で馬車馬のように働かされたのは大きな誤算だったけど、これこそが僕が求めていた生活だった。
「……野菜を育てて、農園スローライフ、か」
ブリジットが収穫したトマトをぼんやりと見つめる。
「サタ先輩にそんな夢があったなんて知らなかったな。先輩のことならなんでも知っている自負があったのだが……」
少しだけ寂しそうな顔をするブリジット。
「気にすることないよ。だって誰にも話してなかったわけだし」
「そういうことを言っているわけではないっ!」
「……っ!? ご、ごめんなさい!?」
突然怒鳴られて、謝罪の言葉が飛び出してしまった。
ブリジットは少々バツが悪そうに唇を尖らせて続ける。
「サタ先輩は、私とはじめて会ったときのことを覚えているか?」
「会ったときのこと?」
僕はしばし記憶をたどる。
「なんとなく覚えてるよ。顔を合わせて早々に模擬戦を申し込まれたんだよね?」
あれはブリジットが本草学研究院に配属された初日だったっけ。
挨拶もなしに、いきなり「サタ先輩に模擬戦を申し込みたい」と言われた。
改めて思い返すと、酷すぎる初顔合わせだな。
「そうだ。何でも珍しい魔法の加護を持っていると聞いたのでな。それがどんなものかと体験したかったのだが……まさか一撃で私の木剣を真っ二つにされるとは思わなかった」
「ああ、そうだったね」
はっきりと思い出した。
模擬戦なんてやりたくなかったけど、これ以上絡まれるのが嫌だったので付与魔法を使ってコテンパンにしようと考えたんだった。
衣類にかけた持久力強化で物理防御力を上げてブリジットの剣を防ぎ、筋力強化で切れ味を上げた木剣でブリジットの剣を真っ二つにした。
「キミに言われて思い出したレベルなんだけど、よく覚えてたね?」
「当たり前だろう。模擬戦だったとはいえ初めて負けたのだ。いや、私の人生で負けたのはサタ先輩だけだ」
「ウソでしょ?」
流石に誇張表現でしょ──と思ったけど、剣術大会の決勝でも相手を圧倒して勝ってたし、ブリジットの相手になる人間はいないのかもしれない。
ううむ、トラブルを避けるためとは言え、とんでもないことしちゃったのかも。
「何にしても、あれを負けに数える必要はないよ。だって僕は付与魔法を使ったわけで、言わばズルをしたようなものだし」
「いや、付与魔法はズルではない。与えられた加護は『才能』だ。私の剣の才能を先輩の魔法の才能が上回っただけにすぎない」
「まぁ、そういう考え方もできるけど」
僕の場合はあのエロ神様からの特別プレゼントみたいなもんだし、あきらかにズルだと思うけどね。
「とにかく、サタ先輩は私を負かすほどの優秀な魔術師だった。だから私は、この人と生涯を共にしようと決意したのだ」
「そんな大事なことを簡単に決意されても困るよ……」
だって、僕の感情はガン無視だし。
もはやストーカーレベルだ。
「私は先輩のことをもっと知りたいし、ずっと一緒にいたいと思っている。それは今でも変わっていない」
「…………」
しばし沈黙が僕たちの間に流れる。
何と返せばいいかわからなくなってしまったのは、ブリジットの言葉にいつも以上のひたむきさを感じたからだ。
ブリジットは院に戻るつもりはなく、ここに住みたいと言ってくれた。
院を離れても僕のことを慕ってくれているのは正直うれしい。
それに、人手が増えるのは僕としても助かる。
プッチさんに買い取ってもらう野菜作りや薪割り、川の水汲みなど毎日の仕事も多い。
それに住居問題も解決したわけだし、ブリジットがここに住む障壁は何もない。
だけど、僕には「じゃあ、ここに住んでいいよ」と気軽に答ることは出来なかった。
ブリジットは正真正銘の名家のご令嬢で、将来は国の重要なポジションに付くべき女性だからだ。
僕とは違って、彼女の才能を無駄にするのは国にとって大きな痛手になる。
だから院に戻すのが彼女にとって最善の選択。
「──サタ様っ!」
そのとき、慌てたララノの声が飛び込んできた。
家の方を見ると、猛スピードで駆けてくる彼女の姿があった。
「たた、大変ですっ! 瘴気です!」
「……瘴気?」
そう言われて周囲を見渡した。
まさか瘴気が降りてきたのか──と思ったけど、どこにも瘴気らしき影はない。
「どこにも瘴気っぽい影はないけど?」
「晩餐に呼んだ動物たちから報告を受けたんです! 農園の敷地内の洞窟から、高濃度の瘴気が発生しているみたいです!」
「は? 洞窟?」
ちょっと待って。なんで洞窟から大量の瘴気が?
というか洞窟って何?
そんなもの、この農園にあったっけ?
「どうにも主賓扱いされるのが苦手でな。少し体を動かしたいのだが……」
気まずそうに頭を掻くブリジット。
ブリジットは紛うことなき名家のご令嬢。
事あるごとに晩餐やパーティに呼ばれているだろうし、主賓扱いされることに辟易しているのかもしれない。
「それじゃあ、トマトとオクラの収穫をお願いしてもいいかな?」
「承知した……と言いたい所だが、どうやって収穫すれば?」
「トマトとオクラは、ナイフでヘタの部分を切れば大丈夫だよ。ミニトマトは指で簡単に取れるから」
「なるほど」
「オクラは葉っぱの下に隠れて見つけにくいことがあるから、よく探してみて」
「わかった。やってみよう」
ブリジットは、緊張した面持ちでナイフを手に取る。
ちょっと心配なので、作業をしつつ彼女の作業に気を向けることにした。
「……ふむ。ナイフでヘタを切る、と」
恐る恐るトマトのヘタにナイフを当ててゆっくりと切るブリジット。
上手く取ることができたからか、パッと嬉しそうな顔をした。
それを見て、ほっこりしてしまう。
ブリジットは誰よりも刃物の扱いに慣れているはずなのに、ちょっとぎこちない感じが新鮮だ。
でも、ほっこりしたのはその一回だけだった。
ブリジットはすぐに慣れた手付きでサクサクと野菜を収穫していく。
なんだかすでに僕よりも上手くない?
「王都にも戻って来ないつもりなのか?」
トマトの収穫を終えて、オクラの収穫をはじめたブリジットが尋ねてきた。
一瞬、何のことを言っているのかわからずポカンとしてしまったけれど、今後のことだと気づいてすぐに返す。
「そのつもりだよ」
「どうしてだ? 魔導院を辞めるにしても、王都を離れる必要はないだろう」
「馬車でも話したけど、田舎でスローライフをするのが夢だったんだ。こうやって畑で野菜を育てて、のんびり暮らす生活に憧れてた」
この世界に転生したときにあのエロ神様に願ったのは「のんびり生きたい」という願望だった。
その願望を叶えるために入った魔導院で馬車馬のように働かされたのは大きな誤算だったけど、これこそが僕が求めていた生活だった。
「……野菜を育てて、農園スローライフ、か」
ブリジットが収穫したトマトをぼんやりと見つめる。
「サタ先輩にそんな夢があったなんて知らなかったな。先輩のことならなんでも知っている自負があったのだが……」
少しだけ寂しそうな顔をするブリジット。
「気にすることないよ。だって誰にも話してなかったわけだし」
「そういうことを言っているわけではないっ!」
「……っ!? ご、ごめんなさい!?」
突然怒鳴られて、謝罪の言葉が飛び出してしまった。
ブリジットは少々バツが悪そうに唇を尖らせて続ける。
「サタ先輩は、私とはじめて会ったときのことを覚えているか?」
「会ったときのこと?」
僕はしばし記憶をたどる。
「なんとなく覚えてるよ。顔を合わせて早々に模擬戦を申し込まれたんだよね?」
あれはブリジットが本草学研究院に配属された初日だったっけ。
挨拶もなしに、いきなり「サタ先輩に模擬戦を申し込みたい」と言われた。
改めて思い返すと、酷すぎる初顔合わせだな。
「そうだ。何でも珍しい魔法の加護を持っていると聞いたのでな。それがどんなものかと体験したかったのだが……まさか一撃で私の木剣を真っ二つにされるとは思わなかった」
「ああ、そうだったね」
はっきりと思い出した。
模擬戦なんてやりたくなかったけど、これ以上絡まれるのが嫌だったので付与魔法を使ってコテンパンにしようと考えたんだった。
衣類にかけた持久力強化で物理防御力を上げてブリジットの剣を防ぎ、筋力強化で切れ味を上げた木剣でブリジットの剣を真っ二つにした。
「キミに言われて思い出したレベルなんだけど、よく覚えてたね?」
「当たり前だろう。模擬戦だったとはいえ初めて負けたのだ。いや、私の人生で負けたのはサタ先輩だけだ」
「ウソでしょ?」
流石に誇張表現でしょ──と思ったけど、剣術大会の決勝でも相手を圧倒して勝ってたし、ブリジットの相手になる人間はいないのかもしれない。
ううむ、トラブルを避けるためとは言え、とんでもないことしちゃったのかも。
「何にしても、あれを負けに数える必要はないよ。だって僕は付与魔法を使ったわけで、言わばズルをしたようなものだし」
「いや、付与魔法はズルではない。与えられた加護は『才能』だ。私の剣の才能を先輩の魔法の才能が上回っただけにすぎない」
「まぁ、そういう考え方もできるけど」
僕の場合はあのエロ神様からの特別プレゼントみたいなもんだし、あきらかにズルだと思うけどね。
「とにかく、サタ先輩は私を負かすほどの優秀な魔術師だった。だから私は、この人と生涯を共にしようと決意したのだ」
「そんな大事なことを簡単に決意されても困るよ……」
だって、僕の感情はガン無視だし。
もはやストーカーレベルだ。
「私は先輩のことをもっと知りたいし、ずっと一緒にいたいと思っている。それは今でも変わっていない」
「…………」
しばし沈黙が僕たちの間に流れる。
何と返せばいいかわからなくなってしまったのは、ブリジットの言葉にいつも以上のひたむきさを感じたからだ。
ブリジットは院に戻るつもりはなく、ここに住みたいと言ってくれた。
院を離れても僕のことを慕ってくれているのは正直うれしい。
それに、人手が増えるのは僕としても助かる。
プッチさんに買い取ってもらう野菜作りや薪割り、川の水汲みなど毎日の仕事も多い。
それに住居問題も解決したわけだし、ブリジットがここに住む障壁は何もない。
だけど、僕には「じゃあ、ここに住んでいいよ」と気軽に答ることは出来なかった。
ブリジットは正真正銘の名家のご令嬢で、将来は国の重要なポジションに付くべき女性だからだ。
僕とは違って、彼女の才能を無駄にするのは国にとって大きな痛手になる。
だから院に戻すのが彼女にとって最善の選択。
「──サタ様っ!」
そのとき、慌てたララノの声が飛び込んできた。
家の方を見ると、猛スピードで駆けてくる彼女の姿があった。
「たた、大変ですっ! 瘴気です!」
「……瘴気?」
そう言われて周囲を見渡した。
まさか瘴気が降りてきたのか──と思ったけど、どこにも瘴気らしき影はない。
「どこにも瘴気っぽい影はないけど?」
「晩餐に呼んだ動物たちから報告を受けたんです! 農園の敷地内の洞窟から、高濃度の瘴気が発生しているみたいです!」
「は? 洞窟?」
ちょっと待って。なんで洞窟から大量の瘴気が?
というか洞窟って何?
そんなもの、この農園にあったっけ?