運び屋ギルドの馬車に乗って二日。
道中、再び瘴気やモンスターに襲われないかと戦々恐々だったけど、無事に農園に到着することができた。
この二日間の馬車旅は本当に疲れた。日中はもちろん、野宿をしたときも三人交代で夜通しモンスターの襲撃を警戒していたからだ。
付与魔法のおかげで体力的には問題なかったが、精神的な疲労が辛かった。
なので、正直なところテントで一休みしたかったけれど、ブリジットから「実証研究を見せて欲しい」と頼まれたので畑に連れていくことにした。
なんだかんだで、やっぱり瘴気対策の研究に興味があるらしい。
そういう所はブリジットらしいな。
建築中の家を見に行くというララノと別れ、ブリジットと畑に向かう。
……と言ってもテントからそう離れていないんだけどね。
ラングレさんの仕事で二日ばかり離れている間に、作付けしていた夏野菜たちは元気に成長していた。
トウモロコシ、トマト、キュウリ、ゴーヤ。
さらに、エダマメ、ナス、レタス、モロヘイヤにスイカ。
プッチさんに定期的に農作物を卸している関係で、今や三十六もの畝がならんでいるわけだけど、改めて見ると壮観だ。
今回も動物たちがしっかり管理してくれていたらしく、土にはしっかり水分が浸透しているし、テントの木箱には収穫した野菜も入っている。
いやぁ、本当に動物たちは有能すぎるな。
「ほほう……?」
多くの野菜が実っている畑を見て、ブリジットが気の抜けたような声を上げた。
「見事に野菜が実っているな」
「そうだね」
「ひとつ確認なのだがサタ先輩、ここは瘴気が降りた『呪われた地』で間違いないか?」
「そうだね。瘴気で壊滅的な被害を受けた場所だって聞いてる。そのお陰で凄く安価で土地を買えたんだ」
「いや、そんな『些細なことですけど何か』みたいな雰囲気で言わないで欲しい。どうして土壌汚染で植物が一切育たいはずの場所で野菜ができているのだ?」
「これが僕が論文で発表しようとしていた『不毛の地における付与魔法の有効性』の実証研究みたいなものだよ」
「……すまない、端的に言うとどういうことなのだ?」
「ええと、つまり──」
唖然としているブリジットに、僕は言い放つ。
「僕の付与魔法を使えば、呪われた地でも作物が育つんだ」
「はは。冗談を言うのは時と場合を考えたほうがいいぞサタ先輩」
「…………」
胡乱な視線を投げつけてやった。
所構わず「恋人になろう」だの「結婚しよう」だの冗談みたいな話をぶっこんでくるキミが言うな。
しばらく呆れたように笑っていたブリジットだったが、真剣な表情の僕を見てゴクリと息を飲んだ。
「……ほ、本当に冗談ではないのか?」
「冗談でこんなことは出来るわけないだろ。まぁ、付与魔法を使えるのは僕だけだから、この技術を普及させることは難しいけど、実証はされたよね」
この世界で付与魔法の加護を持っているのは僕だけ。
だからこの方法で世界を瘴気から救うなんてことは難しいけど、理論として立証することはできたはず。
研究者から引退した身だから、この件を発表するつもりはないけど。
騒がれても面倒だし。
「す、凄い……! やっぱりサタ先輩は、人智を越えた天才だったのだな!」
「……っ!?」
ブリジットがガッシと僕の両肩を掴んでくる。
「これは世紀の大発見だぞサタ先輩! この実証研究をレポートにまとめて王都に持ち帰って私と結婚しよう! そうすればラインハルトもサタ先輩の実力を認めるはずだ!」
「だから僕は戻る気なんて──って、途中で何か変なことを言わなかった?」
「何も言ってない。今すぐ私と王都に戻ろう」
「いや、なんか結婚がどうとか……」
「言ってない」
真に迫る表情で首を横に降るブリジット。
何だか目が怖い。
「な、何にしても僕は院に戻るつもりはないよ。僕はここでのんびりとスローライフを続ける。だからブリジットも諦めて大人しく院に戻って欲しい」
「だから私はひとりでは帰らないと言っているだろう」
ブリジットは呆れたようなため息を漏らす。
「サタ先輩こそ私と院に戻るべきだ。私と一緒に、その才能をラインハルトに見せつけやろう」
「いや、だから僕は……ああ、もう」
さっきから、完全に平行線の問答じゃないか。
僕は折れるつもりはないけど、ブリジットも強情だしな。
ううむ、どうしよう。
「……わかった」
困り果てていたとき、観念したようにブリジットが口を開いた。
「どうしてもサタ先輩が院に戻らないというのなら仕方ない。私もここで暮らすことにする」
「……はぁっ!?」
声が裏返ってしまった。
「ちょ、ちょっと待って? え? 何で? 何でそうなるのかな?」
「驚くほどのことでもあるまい。サタ先輩は院に戻るつもりはない。私もひとりでは戻らない。だったら、一緒にいるためには私がここに残るしかないだろう」
「いや、その一緒にいるっていうのがそもそも問題の発端で──」
「確かにサタ先輩が危惧している通り、長期滞在用の着替えのパンツは持ってきていないが大丈夫だ。至極些細な問題だしな」
「僕が言いたいのはそういう問題じゃなくてね」
なんだろう。着替えがないのは問題といえば問題なんだけど、そういうことを言ってるんじゃなくてだね。
ああ、まずい。ブリジットのペースに飲まれていく。
「というか、ここで暮らすってどこに住むつもりなのさ? ブリジットが住める予備のテントなんてないよ?」
「私はサタ先輩のテントで構わない」
「僕が構う」
多分、ララノも構うと思う。
「それでは、あそこにある家の使ってない部屋を一室貸してくれないか?」
「あの家はまだ──あれ?」
ブリジットが指差した建設中の住居を見て、ふと異変に気づいた。
出発する前は多くの動物たちがせっせと組み立ててくれていたのに、今は誰もいない。それに、作業をしている音もしない。
「サタ様!」
首を傾げていた僕の耳に、ララノの声が飛び込んできた。
「朗報です。私たちがパルメザンに行っている間に家が完成したみたいですよ」
「え、本当に?」
「はい! 内装も全部終わっているみたいです。一緒に見に行きませんか?」
すごい。内装までやってくれていたのか。
家具は注文したばかりなので何も無いだろうけど、期待が膨らむ。
「……ブリジットも一緒に見に行く?」
「もちろんだ。私の家になるわけだからな」
即答するブリジットだったが、それを聞いてララノが「どういうこと?」と言いたげに不服そうな顔をしていた。
「後でちゃんと説明するから、今は気にしないでねララノ」
「……あ、はい」
ララノはなんとも釈然としない表情でうなずく。
ブリジットを連れていくのは移住を許可したってわけじゃなくて、ひとりだけ畑に残しておくのは可哀想かなと思っただけなんだ。
だから、頼むから面倒な勘違いをしないでね?
道中、再び瘴気やモンスターに襲われないかと戦々恐々だったけど、無事に農園に到着することができた。
この二日間の馬車旅は本当に疲れた。日中はもちろん、野宿をしたときも三人交代で夜通しモンスターの襲撃を警戒していたからだ。
付与魔法のおかげで体力的には問題なかったが、精神的な疲労が辛かった。
なので、正直なところテントで一休みしたかったけれど、ブリジットから「実証研究を見せて欲しい」と頼まれたので畑に連れていくことにした。
なんだかんだで、やっぱり瘴気対策の研究に興味があるらしい。
そういう所はブリジットらしいな。
建築中の家を見に行くというララノと別れ、ブリジットと畑に向かう。
……と言ってもテントからそう離れていないんだけどね。
ラングレさんの仕事で二日ばかり離れている間に、作付けしていた夏野菜たちは元気に成長していた。
トウモロコシ、トマト、キュウリ、ゴーヤ。
さらに、エダマメ、ナス、レタス、モロヘイヤにスイカ。
プッチさんに定期的に農作物を卸している関係で、今や三十六もの畝がならんでいるわけだけど、改めて見ると壮観だ。
今回も動物たちがしっかり管理してくれていたらしく、土にはしっかり水分が浸透しているし、テントの木箱には収穫した野菜も入っている。
いやぁ、本当に動物たちは有能すぎるな。
「ほほう……?」
多くの野菜が実っている畑を見て、ブリジットが気の抜けたような声を上げた。
「見事に野菜が実っているな」
「そうだね」
「ひとつ確認なのだがサタ先輩、ここは瘴気が降りた『呪われた地』で間違いないか?」
「そうだね。瘴気で壊滅的な被害を受けた場所だって聞いてる。そのお陰で凄く安価で土地を買えたんだ」
「いや、そんな『些細なことですけど何か』みたいな雰囲気で言わないで欲しい。どうして土壌汚染で植物が一切育たいはずの場所で野菜ができているのだ?」
「これが僕が論文で発表しようとしていた『不毛の地における付与魔法の有効性』の実証研究みたいなものだよ」
「……すまない、端的に言うとどういうことなのだ?」
「ええと、つまり──」
唖然としているブリジットに、僕は言い放つ。
「僕の付与魔法を使えば、呪われた地でも作物が育つんだ」
「はは。冗談を言うのは時と場合を考えたほうがいいぞサタ先輩」
「…………」
胡乱な視線を投げつけてやった。
所構わず「恋人になろう」だの「結婚しよう」だの冗談みたいな話をぶっこんでくるキミが言うな。
しばらく呆れたように笑っていたブリジットだったが、真剣な表情の僕を見てゴクリと息を飲んだ。
「……ほ、本当に冗談ではないのか?」
「冗談でこんなことは出来るわけないだろ。まぁ、付与魔法を使えるのは僕だけだから、この技術を普及させることは難しいけど、実証はされたよね」
この世界で付与魔法の加護を持っているのは僕だけ。
だからこの方法で世界を瘴気から救うなんてことは難しいけど、理論として立証することはできたはず。
研究者から引退した身だから、この件を発表するつもりはないけど。
騒がれても面倒だし。
「す、凄い……! やっぱりサタ先輩は、人智を越えた天才だったのだな!」
「……っ!?」
ブリジットがガッシと僕の両肩を掴んでくる。
「これは世紀の大発見だぞサタ先輩! この実証研究をレポートにまとめて王都に持ち帰って私と結婚しよう! そうすればラインハルトもサタ先輩の実力を認めるはずだ!」
「だから僕は戻る気なんて──って、途中で何か変なことを言わなかった?」
「何も言ってない。今すぐ私と王都に戻ろう」
「いや、なんか結婚がどうとか……」
「言ってない」
真に迫る表情で首を横に降るブリジット。
何だか目が怖い。
「な、何にしても僕は院に戻るつもりはないよ。僕はここでのんびりとスローライフを続ける。だからブリジットも諦めて大人しく院に戻って欲しい」
「だから私はひとりでは帰らないと言っているだろう」
ブリジットは呆れたようなため息を漏らす。
「サタ先輩こそ私と院に戻るべきだ。私と一緒に、その才能をラインハルトに見せつけやろう」
「いや、だから僕は……ああ、もう」
さっきから、完全に平行線の問答じゃないか。
僕は折れるつもりはないけど、ブリジットも強情だしな。
ううむ、どうしよう。
「……わかった」
困り果てていたとき、観念したようにブリジットが口を開いた。
「どうしてもサタ先輩が院に戻らないというのなら仕方ない。私もここで暮らすことにする」
「……はぁっ!?」
声が裏返ってしまった。
「ちょ、ちょっと待って? え? 何で? 何でそうなるのかな?」
「驚くほどのことでもあるまい。サタ先輩は院に戻るつもりはない。私もひとりでは戻らない。だったら、一緒にいるためには私がここに残るしかないだろう」
「いや、その一緒にいるっていうのがそもそも問題の発端で──」
「確かにサタ先輩が危惧している通り、長期滞在用の着替えのパンツは持ってきていないが大丈夫だ。至極些細な問題だしな」
「僕が言いたいのはそういう問題じゃなくてね」
なんだろう。着替えがないのは問題といえば問題なんだけど、そういうことを言ってるんじゃなくてだね。
ああ、まずい。ブリジットのペースに飲まれていく。
「というか、ここで暮らすってどこに住むつもりなのさ? ブリジットが住める予備のテントなんてないよ?」
「私はサタ先輩のテントで構わない」
「僕が構う」
多分、ララノも構うと思う。
「それでは、あそこにある家の使ってない部屋を一室貸してくれないか?」
「あの家はまだ──あれ?」
ブリジットが指差した建設中の住居を見て、ふと異変に気づいた。
出発する前は多くの動物たちがせっせと組み立ててくれていたのに、今は誰もいない。それに、作業をしている音もしない。
「サタ様!」
首を傾げていた僕の耳に、ララノの声が飛び込んできた。
「朗報です。私たちがパルメザンに行っている間に家が完成したみたいですよ」
「え、本当に?」
「はい! 内装も全部終わっているみたいです。一緒に見に行きませんか?」
すごい。内装までやってくれていたのか。
家具は注文したばかりなので何も無いだろうけど、期待が膨らむ。
「……ブリジットも一緒に見に行く?」
「もちろんだ。私の家になるわけだからな」
即答するブリジットだったが、それを聞いてララノが「どういうこと?」と言いたげに不服そうな顔をしていた。
「後でちゃんと説明するから、今は気にしないでねララノ」
「……あ、はい」
ララノはなんとも釈然としない表情でうなずく。
ブリジットを連れていくのは移住を許可したってわけじゃなくて、ひとりだけ畑に残しておくのは可哀想かなと思っただけなんだ。
だから、頼むから面倒な勘違いをしないでね?