狼のモンスターは、間近で見ると凄まじく恐ろしい顔をしていた。
体はウシくらい大きいし、瞳は血のように真っ赤。牙も爪も普通の狼のものとは比べ物にならないくらいに巨大だ。
それに、なにより頭が二つついているのが不気味すぎる。
右目に大きい傷跡がついているのが歴戦の猛者っぽいし。
ブリジットに「下がってて」なんてカッコイイセリフを吐いたけれど、こんなモンスターをどうやって倒そう。
攻撃を避けちゃったら、ブリジットが狙われることになる。
だとしたら、正面からモンスターの動きを止めるしかないか。
そう判断した僕は、物理防御力を上げる「持久力強化」を衣服にかけ、さらに重いものを持てるようになる「筋力強化」を体にかける。
「ガウゥッ!」
体の芯から力が湧き上がってきた瞬間、モンスターが体当たりをしてきた。
小柄で貧弱な僕が巨大なモンスターに体当たりなんてされたら、全身の骨をバキバキに粉砕されて一瞬であの世行きになるだろう。
だけど、持久力強化の付与魔法で衣服の物理防御力を強化した今だけは、フルプレートアーマーを着た重装騎士よりも頑丈だ。
「ふんぬっ!」
体当たりの衝撃を難なく耐えた僕は、モンスターの首に腕を回して思いっきり後ろに投げ飛ばした。
相手を逆さまに抱えあげて後方に投げるプロレス技の「ブレーンバスター」みたいに。
「……ガウ?」
モンスターも自分の身に何が起きたのかわからない様子だった。
自分の半分ほどもない小さな人間に抱えられて投げ飛ばされたのだ。
「ギャンッ!」
モンスターは背中から地面に激突し、子犬のような悲鳴を上げる。
「もういっちょ!」
動きが止まったモンスターの前足を捕まえ、ハンマー投げの要領で思いっきりぶん投げる。
「キャイイイ……ン!」
天高く舞い上がったモンスターは、ララノの頭の上を飛び越え、はるか遠くに落下した。
その衝撃で地面がズズンと揺れる。
少々強引だけど致命傷を与えたはず──と思ったけど、軽く脳震盪を起こしただけなのか、モンスターはフラフラと立ち上がった。
やっぱり頑丈だな。ここはしっかり止めを刺しに行ったほうがいいかな?
と考えたけど、モンスターは周囲を見渡したあと脱兎のごとく逃げていった。
モンスターが立ち去ると同時に、辺りに立ち込めていた瘴気も風に乗って消えていく。
「サ、サタ様っ!」
ララノが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」
「平気。ララノは?」
「大丈夫です。私は逃げ回っていただけなので」
少しだけ服が汚れてしまったのか、ララノはパタパタとワンピースのスカート部分を叩いてから、モンスターが逃げていった方を見た。
「でも、あの巨大なモンスターを投げ飛ばすなんて凄すぎませんか?」
「ちょっと強引すぎたかな?」
「ですね。あの子もすごくビックリしていたみたいで──」
「サタ先輩っ!」
僕の名を呼ぶ声がララノの言葉を遮る。
声の方を見ると、ブリジットが猛然とこちらに走ってきていた。
僕の目の前で急ブレーキをしたブリジットは、感極まった表情で続ける。
「いや、おみそれしたぞサタ先輩! あのオルトロスを素手で撃退するなんて!」
「え? オルトロス?」
「あの狼のモンスターのことだ!」
ああ、あれがオルトロスってやつか。
聞いた話では、遠吠えで平衡感覚を麻痺させて動けなくさせてから素早い攻撃で仕留めにかかる危険なモンスター……なんだっけ。
こわっ。その遠吠え攻撃をされなくて良かった。
「あの、サタ様?」
ララノがボソッと耳打ちしてきた。
「こちらの女性はお知り合いの方、なんですか?」
「あ〜、えっと。そうだね。院時代の後輩でブリジットっていうんだけど」
「院? 王宮魔導院のことですか?」
「う、うん」
「そんな方がどうしてこんな場所に?」
「どうやら僕を追っかけてきたらしくてさ」
「……?」
ララノは激しく困惑しているようだ。
うん、その気持すっごいわかる。
だって王都からここまで一ヶ月はかかるし。
気軽に追っかけていい距離じゃない。
「しかし、やはりサタ先輩は偉大な魔法使いだったのだな」
そんな僕たちをよそに、ブリジットは興奮した様子で口を開く。
「この一件で、改めてサタ先輩は私と共に人生を歩むべき人間だと再認識したぞ。サタ先輩以外に私の伴侶は務まらない」
「はっ、はは、伴侶!?」
素っ頓狂な声を上げるララノ。
その尻尾は爆発しそうなくらい膨れ上がっているし、顔は溶けてしまいそうなくらい真っ赤だ。
ああ、と頭を抱えたくなった。
これはすごく面倒くさいことになってきた。
「気にしないでララノ。勝手にブリジットが言ってるだけだから」
とりあえずララノにはそう説明して、ブリジットに詰め寄る。
「良いかいブリジット。前からキミに言ってるけど、僕はキミが考えてるような優れた人間じゃないから。付与魔法っていうレアな加護を持ってるけど、それ以外は並み以下の凡庸な人間なんだ」
「ははは、謙遜など私たちの間にはいらないぞ」
「全っ然、謙遜じゃないから」
「しかし、そういう先輩の腰が低い所は嫌いじゃない。気遣いという名の愛情をヒシヒシと感じる」
「いや、だから」
「わかったわかった。そういうことならサタ先輩、今すぐ王都に戻って私と盛大な式を上げよう。あ、挙式はデファンデール家の作法に則った形でいいか?」
「うん、ちゃんと話を聞いて?」
オルトロスと戦ったとき以上の疲労感に襲われてしまう。
勝手に色々盛り上がらないで欲しい。
というか、院時代からずっと思ってたけど、僕みたいな野菜オタクの何が良いんだろう。
ブリジットは名家のご令嬢なんだし、お似合いの相手はたくさんいるだろうに。
「……ごめんララノ。とりあえず馬車に戻ろうか」
「え? あ……でも、ブリジットさんが仰っていることは大丈夫なんですか?」
「無視していいよ。勝手に言ってることだし」
それに、これ以上ブリジットに構っていると、また瘴気が降りてきてオルトロスが戻って来そうだし。
戯言はスルーするに限る。
そうして僕は、困惑するララノとひとりで盛り上がるブリジットを連れて馬車へと急いだ。
体はウシくらい大きいし、瞳は血のように真っ赤。牙も爪も普通の狼のものとは比べ物にならないくらいに巨大だ。
それに、なにより頭が二つついているのが不気味すぎる。
右目に大きい傷跡がついているのが歴戦の猛者っぽいし。
ブリジットに「下がってて」なんてカッコイイセリフを吐いたけれど、こんなモンスターをどうやって倒そう。
攻撃を避けちゃったら、ブリジットが狙われることになる。
だとしたら、正面からモンスターの動きを止めるしかないか。
そう判断した僕は、物理防御力を上げる「持久力強化」を衣服にかけ、さらに重いものを持てるようになる「筋力強化」を体にかける。
「ガウゥッ!」
体の芯から力が湧き上がってきた瞬間、モンスターが体当たりをしてきた。
小柄で貧弱な僕が巨大なモンスターに体当たりなんてされたら、全身の骨をバキバキに粉砕されて一瞬であの世行きになるだろう。
だけど、持久力強化の付与魔法で衣服の物理防御力を強化した今だけは、フルプレートアーマーを着た重装騎士よりも頑丈だ。
「ふんぬっ!」
体当たりの衝撃を難なく耐えた僕は、モンスターの首に腕を回して思いっきり後ろに投げ飛ばした。
相手を逆さまに抱えあげて後方に投げるプロレス技の「ブレーンバスター」みたいに。
「……ガウ?」
モンスターも自分の身に何が起きたのかわからない様子だった。
自分の半分ほどもない小さな人間に抱えられて投げ飛ばされたのだ。
「ギャンッ!」
モンスターは背中から地面に激突し、子犬のような悲鳴を上げる。
「もういっちょ!」
動きが止まったモンスターの前足を捕まえ、ハンマー投げの要領で思いっきりぶん投げる。
「キャイイイ……ン!」
天高く舞い上がったモンスターは、ララノの頭の上を飛び越え、はるか遠くに落下した。
その衝撃で地面がズズンと揺れる。
少々強引だけど致命傷を与えたはず──と思ったけど、軽く脳震盪を起こしただけなのか、モンスターはフラフラと立ち上がった。
やっぱり頑丈だな。ここはしっかり止めを刺しに行ったほうがいいかな?
と考えたけど、モンスターは周囲を見渡したあと脱兎のごとく逃げていった。
モンスターが立ち去ると同時に、辺りに立ち込めていた瘴気も風に乗って消えていく。
「サ、サタ様っ!」
ララノが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」
「平気。ララノは?」
「大丈夫です。私は逃げ回っていただけなので」
少しだけ服が汚れてしまったのか、ララノはパタパタとワンピースのスカート部分を叩いてから、モンスターが逃げていった方を見た。
「でも、あの巨大なモンスターを投げ飛ばすなんて凄すぎませんか?」
「ちょっと強引すぎたかな?」
「ですね。あの子もすごくビックリしていたみたいで──」
「サタ先輩っ!」
僕の名を呼ぶ声がララノの言葉を遮る。
声の方を見ると、ブリジットが猛然とこちらに走ってきていた。
僕の目の前で急ブレーキをしたブリジットは、感極まった表情で続ける。
「いや、おみそれしたぞサタ先輩! あのオルトロスを素手で撃退するなんて!」
「え? オルトロス?」
「あの狼のモンスターのことだ!」
ああ、あれがオルトロスってやつか。
聞いた話では、遠吠えで平衡感覚を麻痺させて動けなくさせてから素早い攻撃で仕留めにかかる危険なモンスター……なんだっけ。
こわっ。その遠吠え攻撃をされなくて良かった。
「あの、サタ様?」
ララノがボソッと耳打ちしてきた。
「こちらの女性はお知り合いの方、なんですか?」
「あ〜、えっと。そうだね。院時代の後輩でブリジットっていうんだけど」
「院? 王宮魔導院のことですか?」
「う、うん」
「そんな方がどうしてこんな場所に?」
「どうやら僕を追っかけてきたらしくてさ」
「……?」
ララノは激しく困惑しているようだ。
うん、その気持すっごいわかる。
だって王都からここまで一ヶ月はかかるし。
気軽に追っかけていい距離じゃない。
「しかし、やはりサタ先輩は偉大な魔法使いだったのだな」
そんな僕たちをよそに、ブリジットは興奮した様子で口を開く。
「この一件で、改めてサタ先輩は私と共に人生を歩むべき人間だと再認識したぞ。サタ先輩以外に私の伴侶は務まらない」
「はっ、はは、伴侶!?」
素っ頓狂な声を上げるララノ。
その尻尾は爆発しそうなくらい膨れ上がっているし、顔は溶けてしまいそうなくらい真っ赤だ。
ああ、と頭を抱えたくなった。
これはすごく面倒くさいことになってきた。
「気にしないでララノ。勝手にブリジットが言ってるだけだから」
とりあえずララノにはそう説明して、ブリジットに詰め寄る。
「良いかいブリジット。前からキミに言ってるけど、僕はキミが考えてるような優れた人間じゃないから。付与魔法っていうレアな加護を持ってるけど、それ以外は並み以下の凡庸な人間なんだ」
「ははは、謙遜など私たちの間にはいらないぞ」
「全っ然、謙遜じゃないから」
「しかし、そういう先輩の腰が低い所は嫌いじゃない。気遣いという名の愛情をヒシヒシと感じる」
「いや、だから」
「わかったわかった。そういうことならサタ先輩、今すぐ王都に戻って私と盛大な式を上げよう。あ、挙式はデファンデール家の作法に則った形でいいか?」
「うん、ちゃんと話を聞いて?」
オルトロスと戦ったとき以上の疲労感に襲われてしまう。
勝手に色々盛り上がらないで欲しい。
というか、院時代からずっと思ってたけど、僕みたいな野菜オタクの何が良いんだろう。
ブリジットは名家のご令嬢なんだし、お似合いの相手はたくさんいるだろうに。
「……ごめんララノ。とりあえず馬車に戻ろうか」
「え? あ……でも、ブリジットさんが仰っていることは大丈夫なんですか?」
「無視していいよ。勝手に言ってることだし」
それに、これ以上ブリジットに構っていると、また瘴気が降りてきてオルトロスが戻って来そうだし。
戯言はスルーするに限る。
そうして僕は、困惑するララノとひとりで盛り上がるブリジットを連れて馬車へと急いだ。