デファンデール家は、王都に住む人間なら知らぬ者はいない名門の家柄で、長男は五代に渡って王宮魔導院のひとつ「護国院」の騎士団長を務めている。
そんなデファンデール家の第二息女であるブリジットは、女性でありながら武芸に秀でたデファンデール家の血を色濃く継いでいる。
若干二十歳にして王室剣術師範の肩書を持ち、去年開催された王都剣術大会の決勝戦では大会最短記録となる四十五秒で勝負を決めて優勝した。
その剣術の才能もさることながら、ブリジットを最強たらしめる要因のひとつになっているのが彼女の持つ加護「魔法剣」だ。
魔法剣は自身の剣に属性を付与することができる。
僕の付与魔法ほどの効力はないものの、火属性を付与すれば剣筋を燃え上がらせ、氷属性を付与すれば傷口を氷漬けにすることが可能だ。
そんな戦姫ブリジットが本草学研究院に入ってきたときは驚いた。
魔法や植物、錬金術などを研究している本草学研究院よりも、彼女の父親が団長を務めている軍事機関「護国院」のほうがふさわしいはず。
疑問に思ってブリジットに本草学研究院に入った理由を尋ねたところ、「武事は極めたので次は文事を極める」と返された。
なるほど。流石は名門デファンデール家のご息女だ。
そんなブリジットの才能は、院でも発揮された。
彼女の専門は薬草を使った錬金術だった。
門外漢なので詳しい所はわからないけれど、錬金術は様々な効能があるハーブやキノコ、それに動物の肝やら何やらを混ぜて「ポーション」を作る学問らしい。
治癒力を高める「治癒薬」や、毒を消し去る「解毒薬」それに、僕の付与魔法と似た身体能力を高める「強化薬」なんかも作れるのだとか。
僕の下についたブリジットは、錬金術を使った瘴気対策の研究をしていた。
今や瘴気対策の必需品とも言える「瘴気マスク」の効果がここまで高くなったのも彼女の錬金術研究の成果のひとつだ。
そんなエリート才女のブリジットなのだけれど──。
「な、なんでキミがこんなところにいるの!?」
「ふむ。どうしてこんな所にと問われれば、こう答えざるを得ないな」
ブリジットは絹のような長い髪をファッサ〜とかき上げ、ドヤ顔で言った。
「愛するサタ先輩を追いかけてきたのだと!」
「……はい?」
素っ頓狂な声を出してしまった。
僕を追いかけて来た?
「なんで?」
「なぜもへちまもない。サタ先輩が『院を辞める』と報告しに来てくれたときに『私も一緒に行く』と言ったではないか。それなのに先輩ときたら、いつの間にか姿を消して……」
「あ」
そう言えば、追放されることが決まったことをブリジットに報告したとき、そんなこと言われたっけ。
てっきりただの社交辞令だと思ってスルーしちゃったけど、アレって本気だったの?
「ゴメン、てっきりいつもの冗談かと」
「なっ!? 私はサタ先輩に冗談など言ったことはないぞ!?」
「……え〜?」
いやいや、キミってば「自宅に帰るのが面倒だからサタ先輩の家に住んでもいいか?」とか「料理を作るのは得意なので結婚しよう」とか言ってたじゃない。
いつも冗談ばっかり言ってたくせに──と、ブリジットを胡乱な目で見つめたが、彼女は至って真面目顔だった。
……え? まさかアレって本気だったの?
「ガウウウウゥゥゥッ!」
そのとき、空気を震わすほどのすさまじい雄叫びが轟いた。
ギョッとしてモンスターを見ると、ララノが人間離れした身体能力で華麗に翻弄していた。
しまった。こんなくだらないことを話してる場合じゃなかった。
「とりあえず積もる話は後にしよう! モンスターは僕たちに任せてブリジットはすぐにこの場所から離脱して!」
「離脱、だと?」
スッと目を鋭く尖らせるブリジット。
「冗談にしては笑えないな。私の剣は信用ならないか?」
「そういうんじゃないよ。ブリジットの剣の腕は信用している。だけど瘴気マスクもしてないじゃない。キミの体が心配なんだよ」
「え? もしかしてサタ先輩は私の体を気遣ってくれているのか?」
「当たり前じゃない」
今はピンピンしているけど、瘴気を吸ってるはずだから急に倒れても不思議じゃない。ここは力づくでも後退させないと。
「そうか、そういうことか!」
何故かブリジットが目を爛々と輝かせる。
「それはつまり、今すぐ私と結婚したいという意味の言葉として受け取っていいヤツだなっ!」
「いや、良くないヤツです」
即刻否定した。
どうしてそうなる。キミの頭の構造はどうなってるんだ。
「サ、サタ様っ!」
と、その時、僕の名を呼ぶララノの声が飛び込んできた。
「すみません! モンスターの注意がそちらに……っ!」
「っ!?」
ララノの声を追いかけるように、モンスターがこちらに向かって走って来るのが見えた。
ララノを捕まえられなかったモンスターがしびれを切らして、別の獲物……つまり僕たちに標的を変えたらしい。
ああ、またしてもくだらない会話をしていた。
本当にゴメンね、ララノ!
「とにかく、ブリジットは逃げて!」
「あっ、サタ先輩!?」
ブリジットを置いて、突進してくるモンスターに向かって走り出した。
そんなデファンデール家の第二息女であるブリジットは、女性でありながら武芸に秀でたデファンデール家の血を色濃く継いでいる。
若干二十歳にして王室剣術師範の肩書を持ち、去年開催された王都剣術大会の決勝戦では大会最短記録となる四十五秒で勝負を決めて優勝した。
その剣術の才能もさることながら、ブリジットを最強たらしめる要因のひとつになっているのが彼女の持つ加護「魔法剣」だ。
魔法剣は自身の剣に属性を付与することができる。
僕の付与魔法ほどの効力はないものの、火属性を付与すれば剣筋を燃え上がらせ、氷属性を付与すれば傷口を氷漬けにすることが可能だ。
そんな戦姫ブリジットが本草学研究院に入ってきたときは驚いた。
魔法や植物、錬金術などを研究している本草学研究院よりも、彼女の父親が団長を務めている軍事機関「護国院」のほうがふさわしいはず。
疑問に思ってブリジットに本草学研究院に入った理由を尋ねたところ、「武事は極めたので次は文事を極める」と返された。
なるほど。流石は名門デファンデール家のご息女だ。
そんなブリジットの才能は、院でも発揮された。
彼女の専門は薬草を使った錬金術だった。
門外漢なので詳しい所はわからないけれど、錬金術は様々な効能があるハーブやキノコ、それに動物の肝やら何やらを混ぜて「ポーション」を作る学問らしい。
治癒力を高める「治癒薬」や、毒を消し去る「解毒薬」それに、僕の付与魔法と似た身体能力を高める「強化薬」なんかも作れるのだとか。
僕の下についたブリジットは、錬金術を使った瘴気対策の研究をしていた。
今や瘴気対策の必需品とも言える「瘴気マスク」の効果がここまで高くなったのも彼女の錬金術研究の成果のひとつだ。
そんなエリート才女のブリジットなのだけれど──。
「な、なんでキミがこんなところにいるの!?」
「ふむ。どうしてこんな所にと問われれば、こう答えざるを得ないな」
ブリジットは絹のような長い髪をファッサ〜とかき上げ、ドヤ顔で言った。
「愛するサタ先輩を追いかけてきたのだと!」
「……はい?」
素っ頓狂な声を出してしまった。
僕を追いかけて来た?
「なんで?」
「なぜもへちまもない。サタ先輩が『院を辞める』と報告しに来てくれたときに『私も一緒に行く』と言ったではないか。それなのに先輩ときたら、いつの間にか姿を消して……」
「あ」
そう言えば、追放されることが決まったことをブリジットに報告したとき、そんなこと言われたっけ。
てっきりただの社交辞令だと思ってスルーしちゃったけど、アレって本気だったの?
「ゴメン、てっきりいつもの冗談かと」
「なっ!? 私はサタ先輩に冗談など言ったことはないぞ!?」
「……え〜?」
いやいや、キミってば「自宅に帰るのが面倒だからサタ先輩の家に住んでもいいか?」とか「料理を作るのは得意なので結婚しよう」とか言ってたじゃない。
いつも冗談ばっかり言ってたくせに──と、ブリジットを胡乱な目で見つめたが、彼女は至って真面目顔だった。
……え? まさかアレって本気だったの?
「ガウウウウゥゥゥッ!」
そのとき、空気を震わすほどのすさまじい雄叫びが轟いた。
ギョッとしてモンスターを見ると、ララノが人間離れした身体能力で華麗に翻弄していた。
しまった。こんなくだらないことを話してる場合じゃなかった。
「とりあえず積もる話は後にしよう! モンスターは僕たちに任せてブリジットはすぐにこの場所から離脱して!」
「離脱、だと?」
スッと目を鋭く尖らせるブリジット。
「冗談にしては笑えないな。私の剣は信用ならないか?」
「そういうんじゃないよ。ブリジットの剣の腕は信用している。だけど瘴気マスクもしてないじゃない。キミの体が心配なんだよ」
「え? もしかしてサタ先輩は私の体を気遣ってくれているのか?」
「当たり前じゃない」
今はピンピンしているけど、瘴気を吸ってるはずだから急に倒れても不思議じゃない。ここは力づくでも後退させないと。
「そうか、そういうことか!」
何故かブリジットが目を爛々と輝かせる。
「それはつまり、今すぐ私と結婚したいという意味の言葉として受け取っていいヤツだなっ!」
「いや、良くないヤツです」
即刻否定した。
どうしてそうなる。キミの頭の構造はどうなってるんだ。
「サ、サタ様っ!」
と、その時、僕の名を呼ぶララノの声が飛び込んできた。
「すみません! モンスターの注意がそちらに……っ!」
「っ!?」
ララノの声を追いかけるように、モンスターがこちらに向かって走って来るのが見えた。
ララノを捕まえられなかったモンスターがしびれを切らして、別の獲物……つまり僕たちに標的を変えたらしい。
ああ、またしてもくだらない会話をしていた。
本当にゴメンね、ララノ!
「とにかく、ブリジットは逃げて!」
「あっ、サタ先輩!?」
ブリジットを置いて、突進してくるモンスターに向かって走り出した。