ホエール地方の中心に位置する小都市パルメザン。
領主パルメ子爵が統治するこの街は「ホエール貿易の要所」と言われていて、周囲の農村で収穫された農産物はこの街を通って王国各地へ運ばれていく。
しかし、数ヶ月前に瘴気によって土地の大半が不毛の地と化してしまってからはこの街を離れる人間が増えているのだとか。
「まぁ、そんな辛気臭い話は置いておいて……ようこそ、パルメザンへ!」
御者台からサクネさんが声高に叫んだ。
「以前よりも寂れてしまったとはいえ、『ホエールの宝石』とも言われたパルメザンはまだまだ健在ですよ」
「なんだか故郷を自慢しているみたいですね」
「あ、わかっちゃいました? 実は私、パルメザン出身でして」
「なるほど、どおりで」
などと談笑していると、門の前で荷馬車が止まった。
街に入るための手続きと、馬車の荷を検めるのだろう。
僕も荷から降りて手続きを行う。王都に入るときは荷物をすべて検めるなんて面倒なことをやっていたけど、ここではサラッと目視して終わりだった。
手続きを終えて、荷馬車はパルメザンの門をくぐっていく。
街の周囲は城壁に囲まれているし、貿易の要所と言われるだけあって立派だ。
寂れているという話だったが、街の中は程よい賑わいを見せていた。
舗装された道の両脇に連なる建物はしっかりとしているし、大通りから伸びる街路には露天や居酒屋らしきものもある。
瘴気によって土地の多くが「呪われた地」になってしまう前は「栄華を極めた宝石都市」なんて逸話もあった街らしいけど、その雰囲気は十分ある。
「全然人が離れているようには見えませんね」
「まぁ、以前よりも寂れてしまったとはいえ、未だホエール地方では最大規模の都市ですからね」
元がすごかった、ということだろうか。
流石は貿易の要所だ。
「ちなみに、貴重なホエール産ワインを飲める居酒屋もありますよ」
「え、本当ですか!?」
「まぁ、貴族様御用達の一番煎じは無理ですけど」
ホエール産ワインといえば、王都の貴族も嗜むほどの一級品だ。
一般市場に出回っているのは二番煎じ三番煎じの薄いワインだけど、それでも美味いことに違いはない。
瘴気の影響で生産が激減していると聞いていたけれど、地元ではまだ飲める場所があったんだな。
ワインを飲めるおすすめの店をサクネさんに教えてもらいながら、大通りを進んでいく。
大きな教会がある広場に到着したとき、荷馬車がゆっくりと止まった。
「それではサタ様、私はあそこの商会に荷を卸す必要があるので、ここで」
「あ、荷降ろしを手伝いましょうか?」
「いやいや、流石にそこまでは大丈夫ですよ。商会の荷揚げ夫に任せれば済む話ですし」
「ここまで乗せていただいた駄賃を考えると、ぬかるみから荷馬車を引きずり上げた程度じゃこちらが申し訳ないですよ」
「……う、むぅ」
難しい顔で首を捻るサクネさん。
商人の性か、頭の中でそろばんを弾いているのだろう。
「そこまでおっしゃるなら、お願いします」
「承知しました。では……『筋力強化』!」
早速、筋力強化の付与魔法を自分にかける。
「……よっと」
樽の中の野菜が落ちないように気をつけて、ヒョイと抱え上げた。
普段は僕ひとりでは動かすことすら出来ない大きな樽が、まるでスポンジで出来ているかのように軽く感じる。
「いやはや、何度見ても凄い。付与魔法というのは便利なものですね」
「こういう仕事にはもってこいの魔法ですよ」
「確かに。付与魔法の加護があれば食いっぱぐれることはなさそうだ」
納得したようにサクネさんがうなずく。
加護によって人生が決まると言われているけれど、この付与魔法は本当に可能性が広いと思う。モンスターを討伐する冒険者としても活躍できそうだし、運び屋をはじめてもいいし、農園を開いてもいい。
まぁ、面倒な人付き合いはしたくないから農園以外やりたくないけど。
「あれ……?」
と、順調に樽を荷馬車から商会の荷揚げ夫に渡していると、とある樽の中の異変に気づいた。
「この樽のトマト、まだ完熟してないのが混ざってますね」
「えっ」
慌ててサクネさんが駆け寄ってくる。
「ほ、本当ですね。未熟なやつも運んでるうちに熟するからって聞いて安価で買ったんですが……まいったな」
なるほど、そういうことか。
菜園をやっていたからわかるけど、トマトは青いうちに収穫しても日陰に置いておけば自然と赤く熟していく。
いつ収穫されたものなのかはわからないけど、熟するまで時間が足りなかったのだろう。
だとしたら、「促進」させてやれば赤いトマトになるはず。
「ちょっと待っててくださいね」
よいしょとトマトの樽を持ち上げ、荷台を降りる。
「あの、どちらに?」
「ちょっと『味付け』に」
「……味?」
首をかしげるサクネさんを馬車に残して商会の建物の脇に入っていく。
そして、樽を置いてから一応、周りを確認して──。
「……『|俊敏力強化(エンチャント・レッグ)』」
ポッと樽のトマトが青白く輝いた。
すると、みるみるうちに青かったトマトが赤く熟れていく。
身体能力向上の付与魔法「俊敏力強化」をトマトにかけたのだ。トマトは第二属性の「木属性」なので俊敏力強化をかけることができる。
第一属性の人体を司る「火属性」に俊敏力強化をかけると身のこなしや脚力が上がるが、「木属性」の植物にかけると成長速度を上げる効果がある。
僕にしか出来ない方法なので、人目に晒すのは避けないといけない。
だって、噂になって僕の名前が広まったりしたら面倒だし。
「お待たせしました。熟したトマトです」
「……ふぇぇぇえええ!?」
樽の中身を見たとたん、サクネさんが素っ頓狂な声を上げた。
「ちょちょ、ちょっと待ってください! ウソでしょ!? さっきまで青かったトマトが全部赤くなってるじゃないですか!?」
「樽の奥までは確認できていませんが、全部熟しているはずです」
「え!? え!? どうやって!? どうやって赤いトマトに!?」
「それは企業秘密ですね」
「キギョウ……? それも付与魔法か何かですか?」
「あ〜、ええっと、そのようなものですね。あはは」
つい口に出ちゃったけど、こっちの世界で「企業秘密」って言葉が通じるわけがないよな。たまに日本人だったときの言葉が出ちゃうから注意しないと。
領主パルメ子爵が統治するこの街は「ホエール貿易の要所」と言われていて、周囲の農村で収穫された農産物はこの街を通って王国各地へ運ばれていく。
しかし、数ヶ月前に瘴気によって土地の大半が不毛の地と化してしまってからはこの街を離れる人間が増えているのだとか。
「まぁ、そんな辛気臭い話は置いておいて……ようこそ、パルメザンへ!」
御者台からサクネさんが声高に叫んだ。
「以前よりも寂れてしまったとはいえ、『ホエールの宝石』とも言われたパルメザンはまだまだ健在ですよ」
「なんだか故郷を自慢しているみたいですね」
「あ、わかっちゃいました? 実は私、パルメザン出身でして」
「なるほど、どおりで」
などと談笑していると、門の前で荷馬車が止まった。
街に入るための手続きと、馬車の荷を検めるのだろう。
僕も荷から降りて手続きを行う。王都に入るときは荷物をすべて検めるなんて面倒なことをやっていたけど、ここではサラッと目視して終わりだった。
手続きを終えて、荷馬車はパルメザンの門をくぐっていく。
街の周囲は城壁に囲まれているし、貿易の要所と言われるだけあって立派だ。
寂れているという話だったが、街の中は程よい賑わいを見せていた。
舗装された道の両脇に連なる建物はしっかりとしているし、大通りから伸びる街路には露天や居酒屋らしきものもある。
瘴気によって土地の多くが「呪われた地」になってしまう前は「栄華を極めた宝石都市」なんて逸話もあった街らしいけど、その雰囲気は十分ある。
「全然人が離れているようには見えませんね」
「まぁ、以前よりも寂れてしまったとはいえ、未だホエール地方では最大規模の都市ですからね」
元がすごかった、ということだろうか。
流石は貿易の要所だ。
「ちなみに、貴重なホエール産ワインを飲める居酒屋もありますよ」
「え、本当ですか!?」
「まぁ、貴族様御用達の一番煎じは無理ですけど」
ホエール産ワインといえば、王都の貴族も嗜むほどの一級品だ。
一般市場に出回っているのは二番煎じ三番煎じの薄いワインだけど、それでも美味いことに違いはない。
瘴気の影響で生産が激減していると聞いていたけれど、地元ではまだ飲める場所があったんだな。
ワインを飲めるおすすめの店をサクネさんに教えてもらいながら、大通りを進んでいく。
大きな教会がある広場に到着したとき、荷馬車がゆっくりと止まった。
「それではサタ様、私はあそこの商会に荷を卸す必要があるので、ここで」
「あ、荷降ろしを手伝いましょうか?」
「いやいや、流石にそこまでは大丈夫ですよ。商会の荷揚げ夫に任せれば済む話ですし」
「ここまで乗せていただいた駄賃を考えると、ぬかるみから荷馬車を引きずり上げた程度じゃこちらが申し訳ないですよ」
「……う、むぅ」
難しい顔で首を捻るサクネさん。
商人の性か、頭の中でそろばんを弾いているのだろう。
「そこまでおっしゃるなら、お願いします」
「承知しました。では……『筋力強化』!」
早速、筋力強化の付与魔法を自分にかける。
「……よっと」
樽の中の野菜が落ちないように気をつけて、ヒョイと抱え上げた。
普段は僕ひとりでは動かすことすら出来ない大きな樽が、まるでスポンジで出来ているかのように軽く感じる。
「いやはや、何度見ても凄い。付与魔法というのは便利なものですね」
「こういう仕事にはもってこいの魔法ですよ」
「確かに。付与魔法の加護があれば食いっぱぐれることはなさそうだ」
納得したようにサクネさんがうなずく。
加護によって人生が決まると言われているけれど、この付与魔法は本当に可能性が広いと思う。モンスターを討伐する冒険者としても活躍できそうだし、運び屋をはじめてもいいし、農園を開いてもいい。
まぁ、面倒な人付き合いはしたくないから農園以外やりたくないけど。
「あれ……?」
と、順調に樽を荷馬車から商会の荷揚げ夫に渡していると、とある樽の中の異変に気づいた。
「この樽のトマト、まだ完熟してないのが混ざってますね」
「えっ」
慌ててサクネさんが駆け寄ってくる。
「ほ、本当ですね。未熟なやつも運んでるうちに熟するからって聞いて安価で買ったんですが……まいったな」
なるほど、そういうことか。
菜園をやっていたからわかるけど、トマトは青いうちに収穫しても日陰に置いておけば自然と赤く熟していく。
いつ収穫されたものなのかはわからないけど、熟するまで時間が足りなかったのだろう。
だとしたら、「促進」させてやれば赤いトマトになるはず。
「ちょっと待っててくださいね」
よいしょとトマトの樽を持ち上げ、荷台を降りる。
「あの、どちらに?」
「ちょっと『味付け』に」
「……味?」
首をかしげるサクネさんを馬車に残して商会の建物の脇に入っていく。
そして、樽を置いてから一応、周りを確認して──。
「……『|俊敏力強化(エンチャント・レッグ)』」
ポッと樽のトマトが青白く輝いた。
すると、みるみるうちに青かったトマトが赤く熟れていく。
身体能力向上の付与魔法「俊敏力強化」をトマトにかけたのだ。トマトは第二属性の「木属性」なので俊敏力強化をかけることができる。
第一属性の人体を司る「火属性」に俊敏力強化をかけると身のこなしや脚力が上がるが、「木属性」の植物にかけると成長速度を上げる効果がある。
僕にしか出来ない方法なので、人目に晒すのは避けないといけない。
だって、噂になって僕の名前が広まったりしたら面倒だし。
「お待たせしました。熟したトマトです」
「……ふぇぇぇえええ!?」
樽の中身を見たとたん、サクネさんが素っ頓狂な声を上げた。
「ちょちょ、ちょっと待ってください! ウソでしょ!? さっきまで青かったトマトが全部赤くなってるじゃないですか!?」
「樽の奥までは確認できていませんが、全部熟しているはずです」
「え!? え!? どうやって!? どうやって赤いトマトに!?」
「それは企業秘密ですね」
「キギョウ……? それも付与魔法か何かですか?」
「あ〜、ええっと、そのようなものですね。あはは」
つい口に出ちゃったけど、こっちの世界で「企業秘密」って言葉が通じるわけがないよな。たまに日本人だったときの言葉が出ちゃうから注意しないと。