パルメザンの街で一泊した僕たちは、運び屋ギルドにお願いして街で買った物資と一緒に二日かけて農園へと戻ってきた。

 長い時間農園を離れるのは初めての経験だったけれど、ララノの仲間の動物たちのおかげで、畑は出発したときとなんら変わらない姿のままだった。

 雑草は元々生えていなかったけど、畝への水撒きもしっかりやってくれているみたいだし、収穫も済んでいる。

 想像以上の働きっぷり。

 ここまでやってくれるなんて、ありがたすぎる。

 さらには家の建築のほうも進んでいて、骨組みが仕上がり外壁を丸太で組み上げているところだった。

「……なるほど」

 それを見たプッチさんは感心するようにウンウンとうなずく。

 そして、突然シュバッと畑を指差した。

「呪われた地で野菜を育ててる……というのは聞いていたのでいいんですけど」

 今度はぐるっと体をひねって建築中の住居を指差す。

「動物が家を建ててるのはどういうことですか? もしかしてボクを楽しませるために冗談でやってます?」
「あはは……まぁ、そういう反応になっちゃいますよね」

 冗談でこんなことをやるわけがないけど、そう言いたい気持ちはわかる。

 僕がプッチさんの立場だったら、絶対同じ反応しちゃうもん。

「あの動物もサタさんの付与魔法と関係あるんですか?」
「あ、いや、あれはララノの仲間っていうか」

 チラッとララノに視線を送ると、彼女の耳がピコッと反応した。

「はい。あの子たちは私の『獣使い』の加護で呼んだんですよ」
「ほほう! 獣使い!」

 キラキラとした目でララノを見るプッチさん。

「噂に聞いたことがあります。なんでも『契約した動物を使役できる加護』とかなんとか。なるほど、ああいうことが出来るんですね。これはララノさんの加護もお金の匂いがしますねぇ!」
「え? お金?」

 どういうこと? と首をかしげるララノ。

 確かに人件費はかからないし、建築業をはじめても儲かる気はする。

 ララノは絶対やらないだろうけど。

「しかし、本当に呪われた地で野菜を作ってたんですね」

 しみじみとプッチさんが言う。

「作れるだけじゃなくて収穫の時期も調整できますよ。まだ実証してないですけど、夏野菜を冬場に作ることもできると思います」
「……え、本当に?」
「はい。俊敏力強化の付与魔法の強度で成長スピードを調整できるから、理論上は可能です」
「…………」

 プッチさんがなにやら難しい顔で考えはじめる。

 またお金の匂いを感じ取ったのだろう。

 ビニールハウスが無い世界だから、冬にトマトとかできたら王都の貴族あたりが高額で買ってくれるのかもしれないな。

「……サタさん?」

 と、思考の世界から戻ってきたプッチさんが尋ねてきた。

「あなたたちがパルメザンに足を運んで買い出しをしていたところを見る限り、ここでは賄えない物があるんですよね?」
「そうですね。日常で使う消耗品や燃料とか……あとは野菜を育てる上で必要な肥料や種苗はここではどうすることもできないですからね」
「でしたら、ボクが定期的に必要な物資をお届けしますよ。もちろん無料で」
「えっ!?」

 いきなりの提案に、ギョッとしてしまった。

「無料って、本当に言ってます?」
「本当の本当です。それがボクを助けてくれたお礼と考えていただければ」
「いやでも、毎回無料っていうのは流石に」
「気にしないでください。無料っていうのは、次のビジネスの話への布石というか、おまけというか、交換条件なので」
「ビジネス? 交換条件?」
「というわけでサタさん、ボクと契約しましょう」

 契約。という言葉を聞いて、僕の頭に真っ先に頭に浮かんだのはララノの「獣使い」の加護だった。

 動物の代わりにプッチさんを召喚して使役できる権利的な、ね。

 だってほら、プッチさんって小動物っぽいし。

「なんだか失礼な想像をされてる気がします」
「……っ!?」

 や、やだなぁ。気のせいですよ。あはは。

「そ、それで、契約というのは?」
「ここの野菜の独占販売契約に決まってるじゃないですか。ボクにここの野菜を売ってください。市場の倍……いや、三倍出しますよ」
「さ、ささ、三倍ぃ!?」

 驚きすぎて変な声が出てしまった。

 大海瘴の影響で野菜が不足しているみたいだから、少しだけ色を付けて買ってくれたらいいなとは思っていたけど……まさか三倍なんて。

 というか、それでプッチさんは利益が取れるんだろうか?

「ご安心ください。リンギス商会と交渉すれば通常価格の五倍で買い取ってくれるはずなので」
「あ、そうなんだ」

 というか、それを僕に言っちゃっていいのかな?

 まぁ、商人でもない僕がリンギス商会と取り引きするなんて無理だから話してくれているんだろうけど。

 プッチさんのこれまでの実績と信用が、五倍の値段になっているんだろう。

 しかし、これは願ってもない申し出だ。

 元々、パルメザンに行ったのは農作物を買い取ってくれる商人を探す目的もあったわけだし。

 ここにきて色々な問題が一気に解決するな。

 必要な物資は無料でプッチさんが届けてくれるし、農作物の換金とブドウ園の定期サポートで農園を拡張するための資金源も得られた。

 本当に順調すぎる。

 棚からぼた餅レベルじゃないぞ、これ。

「あの、どうでしょうか?」

 不安げにプッチさんが尋ねてくる。

 僕は笑顔で答えた。

「ありがとうございますプッチさん。実は僕も農園の野菜を買ってくれる商人さんを探していた所だったんです」
「おお、そうでしたか」
「なので、こちらとしても是非、プッチさんに契約してもらいたいです」
「いやったぁ!」

 嬉しそうにピョンピョンと飛び上がるプッチさん。

 なんだかおもちゃを買ってもらって喜んでいる子供みたいで可愛い。ハーフレッグが好かれているのも納得できる。

「では早速契約書を結んで──」
「あ、ちょっと待ってください。その前に……ご飯にしませんか?」
「え? ご飯?」

 プッチさんの目は驚いたというより、どこか期待しているようにキラキラと輝いている。

「馬車での長旅が終わったばかりですし、契約祝いってわけじゃないですけれど、プッチさんに農園の野菜で作った料理をご馳走しますよ」
「おおおおっ! ホントですかっ!?」
「まぁ、料理するのは僕じゃなくてララノなんですけど」

 ちらりとララノに視線を送る。

 ララノの耳がピョコッと反応した。

「ちなみにララノの料理はメチャクチャおいしいですよ?」
「ほほう? それは期待せざるを得ませんですねぇ?」

 ニヤリと邪な笑みを浮かべてララノを見るプッチさん。

「……ふぁっ!?」

 ララノは僕たちふたりに熱視線を向けられて変な声を上げた。

「お、おお、おふたりのご期待に添えるように、腕に縒りを掛けて作らせていただきますっ! 料理のことならまるっとララノにお任せあれっ!」

 そして「ふんす」と気合を入れるララノ。

 尻尾が激しく動いているところを見ると、すごく喜んでいるっぽい。

 これはいつもよりも更に美味しい料理が期待できそうだ。

 そうして僕たちは、いつもより豪勢なララノの料理と一緒にプッチさんがこっそり買ってきたというホエールワインで盛大な宴を開くことになったのだった。