「お手製……濾過器?」
「ほら、僕たちの農園にもあるじゃない。僕が作った瘴気の水を綺麗な飲み水にする濾過器だよ」
「……あっ、あの桶を使った?」
「そうそう。あれの大きいバージョンを作って用水路の門の所に設置するんだ。汚染水が濾過器を通って綺麗な水になって用水路に流れるようにね」
「そうすれば綺麗になった水が農園全体に行き届くというわけですね?」
「綺麗だけじゃなくて、僕の付与魔法がかかった水だね」

 水にも付与効果があるはずだから、それを撒くだけで土壌や木にも効果が現れるはず。

 これは良い発見かも。

 もしこの方法が成功したなら、種や苗に付与魔法をかけることなく呪われた地で作物が育てられるようになるかもしれないな。

「なるほど! 凄いです! さすがサタ様!」

 ララノが嬉しそうに「わ〜っ!」と拍手を送ってくれる。

 何だか照れくさい。ていうか、ララノってヨイショがうまいよね。

 というわけで善は急げと、館に戻って必要な素材をラングレさんに提供してもらうことにした。

 使うのはブドウの出荷で使う巨大な木箱。

 そこに小石、砂、炭に布をギュッと押し込め、持久力強化と免疫力強化、それに成長促進の俊敏力強化の付与魔法をかけて完成だ。

 設置はラングレさんたちにも手伝ってもらうことにした。

 水門を閉じて濾過器を用水路の中に降ろす。

 再び門を開くと勢いよく流れてきた汚染水が木箱の中に入り、逆側から透き通った綺麗な水が流れ出てきた。

「これでひとまず完成だね」
「凄いですね。もう水が綺麗になってますよ」

 用水路を眺めるラングレさんが感嘆の声をあげた。

「この水は私たちも飲めるんですか?」
「もちろん飲料水としても使えますが、二次利用を考えるのは農園の様子を見てからにしましょう。多分、一時間ほどで効果が出ると思いますよ」
「一時間」

 と、ラングレさんが何かを思いついたようにポンと手を叩いた。

「でしたらお昼ご飯にしませんか? こういう状況なので豪華なものはお出しできませんが、是非みなさんにご馳走させてください」
「おほっ! ご飯ですか!?」

 僕よりも先に反応したのはプッチさんだ。

 小柄で非力なプッチさんは濾過装置の設置には協力できなかったけど、濾過器制作の素材を無限収納でかき集めて持ってきてくれた功労者なのだ。

 それが解っているからか、ラングレさんもにこやかに言う。

「もちろんプッチさんもご一緒にどうぞ」
「やった! ありがとうございますっ!」
「サタさんたちも、どうぞ」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」

 そうして、ラングレさんの邸宅に戻った僕たちを迎えてくれたのは、なんともおいしそうなサンドイッチの山だった。

 どうやら僕たちが作業をしている間に、ラングレさんの奥さんが作ってくれたらしい。

 野菜やハムをはさんだオーソドックスなものから、ブドウをはさんだスイーティなものまで。

 そして、テーブルにはサンドイッチと一緒にワインボトルも置かれていた。

「ラングレさん、これってもしかして……」
「ええ、一番煎じのホエールワインですよ。去年のワインなんですが、ここ十年で最高の出来と言われています」
「おお、一番煎じですか!」

 思わず歓喜の声が出てしまった。

 僕たち庶民が飲めるワインは、一度抽出した残りもを絞った「二番煎じ」や、その残り物を使った「三番煎じ」で、安価だけれど味が薄い。

 それでもホエールワインは濃厚で美味しいのだけれど、やっぱり一番煎じとは格が違う……と思う。多分。

 かく言う僕も、一番煎じを飲むのははじめてなのだ。

 しかし、ララノと街で飲もうと話していたホエールワインを原産地の農園で楽しめるなんて最高すぎるな。

 早速、ラングレさんの奥さんにワインを注いでもらった。

 僕が知っているワインよりもずっと色が濃くて、フルーティな香りがする。

「それでは早速」

 皆で乾杯をしてから、恐る恐るグラスに口をつける。

 瞬間、ツンとした酸味とブドウの香りが口の中にブワッと広がった。

「……おいしいな」

 ため息のような声が漏れてしまった。

「わ、わ、すごく濃厚ですね!」
「なな、なんですかこれはっ!? おいしすぎるっ!」

 僕に続いて、ララノとプッチさんも感嘆の声を漏らす。

 流石は一番煎じのホエールワイン。王都でもワインは嗜んでいたけど、今まで飲んだワインの中で一番美味いな。

 うん。こりゃあ貴族たちが好むわけだ。

 サンドイッチとの相性もピッタリだし、無限に飲めちゃうぞこれ。

 とはいえ、ここで酔っ払ってしまったら濾過器作戦の結末が見られなくなってしまうので頑張って控えておいた。

 ラングレさんとブドウ園や僕の農園のことを語り合っていると、壁にかけられていた時計がポンと鳴った。

 どうやら一時間が経過したらしい。

「時間ですね。ブドウの木を見てみましょうか」

 付与魔法が効き始める頃合い。

 僕たちは席を立ち、農園が一望できるリビングへと向かった。

 全部までとはいかないにしても、半分くらい再生していたらいいな。

 そう願っていたのだけれど──カーテンの向こうに広がっている光景に、言葉を失ってしまった。

 一面に広がっている、青々としたブドウの木。

 そこになった青紫の実は、まるで真珠のように輝いていた。