「いらっしゃい」
ギルドの小さなドアを開けると、丸メガネをかけた人の良さそうなおばさんが声をかけてきた。
おばさんはカウンターで台帳のようなものを見ていたけれど、ふと僕の顔を見て驚いたような顔をした。
「……おや? 先日の魔術師様じゃないですか」
「こんにちは。また買い付けに伺わせていただきました」
「ありがとうございます。お客様はいつでも大歓迎ですよ」
おばさんが目尻に深いシワを作る。
この種苗ギルドに来るのは二度目だ。
前回来たとき、「ホエール地方で農園を開くので、種子と肥料がほしい」ってお願いしたら盛大に驚かれたっけ。
「魔術師様の農園は順調ですか?」
「ええ、お陰様で」
「本当ですか!? こりゃ驚いた。大海瘴でほとんどの農園がダメになったっていうのに、一からスタートさせてうまくいくなんて、流石は王都出身の学者先生ですね」
「いやいや、農園が順調なのは彼女の協力があってこそですから」
「……彼女?」
おばさんがメガネをクイッと上げて、僕の後ろにいるララノを見た。
「おやおや、早速お嫁さんをこしらえたんですか?」
「あ、いや、彼女は──」
「ちょ、ちょっとおばさま!」
ララノが僕の言葉を遮り、身を乗り出してくる。
「わ、わたた、私はサタ様のお手伝いというか、助手というか……ええと、使用人みたいなものですから! 私がお嫁さんだなんて、サタ様に失礼ですよ!」
「…………」
唖然としてしまった。
確かに違うんだけど、そんなに全力で否定しなくてもいいのに。
「なるほど、そうでしたか」
だけど、おばさんはララノに凄い剣幕で詰め寄られたにもかかわらず、優しげな雰囲気を崩さずに続ける。
「それにしても可愛らしい方ですね?」
「かっ、かわ、可愛い!?」
ピョコンとララノの耳が反応する。
「お、お、おばさま、わ、私、じゅじゅ、獣人ですよ!?」
「……? ええ、見ればわかりますけれど?」
おばさんはニコニコ顔で続ける。
「可愛い獣人さんじゃないですか。実は私の息子も獣人の子と結婚しましてね。ホエール地方を離れているので、あまり会えないのが残念なんですけど」
「あ……え……?」
目をパチクリと瞬かせるララノ。
まさかの反応に、大混乱に陥っているようだ。
かくいう僕も驚いている。
大通りを普通に獣人が歩いていたからもしかしてと思ったんだけど、パルメザンには獣人に理解のある人が多いのかもしれない。
「ああ、すみません。話がそれてしまいましたね。それで魔術師様、今回はどんなご用件で?」
「ああ、ええっと……今回も種子と肥料を買いたいのですが」
「承知しました。今の時期だと秋野菜の種子と苗ですね。少々お待ち下さいね」
おばさんはそう言ってカウンターの奥へと消えていく。
「……良かったね、ララノ」
そっと話しかけると、ララノは驚いたように尻尾を尖らせた。
「べっ、べ、別に私は可愛いなんて言われても嬉しくなんてありませんから。そりゃあサタ様に言われたら、少しくらいは嬉しくて──」
「あ、いや。ごめん。そっちじゃなくて、獣人への理解があってよかったねって意味。他の地域と違って、ここの人たちは獣人といい関係を続けてそうじゃない?」
ララノの驚いた反応を見る限り、彼女も知らなかったのかもしれない。
街に来るのも久しぶりと言っていたし、人間社会から離れていたら気づかないよね。
でも、これはララノにとっても嬉しい誤算だろう。
──と、思ったんだけれど。
「……ん?」
なぜかララノは今にも泣き出しそうだった。
え。なんでそんな顔?
「ど、どうしたの?」
「…………なんでもありませんっ!」
ララノはプゥと頬をふくらませ、プイとそっぽを向いてしまった。
予想外すぎる反応に、思考が停止してしまった。
なんで怒ってるんだ?
もしかして何か地雷を踏んでしまった?
でも、そんな発言は何もしてないし。
などとひとりで困惑していると、店の奥からおばさんが麻袋に入った種と肥料一式を持ってきてくれた。
ニンジン、カブ、ダイコン、サトイモ。それにナスとトウモロコシ、レタス。
ざっと見る限り、夏野菜の種だ。
まもなく夏本番だし、夏野菜の作付けをする時期か。
「あの、春野菜の種ってまだあります?」
そう尋ねるとおばさんは不思議そうに首を傾げた。
「ありますけど、もう時期は過ぎてますよ?」
「大丈夫です。もしあるなら、そちらも下さい」
付与魔法で成長促進と生命力強化してあげれば、まだまだ春野菜も育つのだ。
もしかすると、夏に入っても春野菜が作れるかもしれないな。
春野菜の種を取っておいて、夏になったら試してみようかな。季節外れの野菜ができれば、買ってくれる商人が名乗り出てくれそうだし。
「商人? ……あ、そうだ」
おばさんに会計をしてもらっていたとき、商人と契約する件を思い出した。
「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」
「はい、なんでしょう?」
「ウチの農園と取り引きしてくれそうな商人さんを探しているんですけど、この街に商人組合ってありますかね?」
「取り引き?」
「はい。実は結構な量の作物が育っていまして、余剰分を買い取ってもらおうかと思っているんです」
「…………」
なんだか胡乱な目で僕を見るおばさん。
「な、何か?」
「薄々感じていたのですが、魔術師様はやっぱり凄いお方だったんですねぇ」
「はい?」
「呪われた地で農園を始めるだけでも大変なのに、商人に売るほどの豊作だなんて普通じゃあり得ませんよ? どんな魔法を使ってるんです?」
「あ〜、いやまぁ……あはは」
どう説明しようか悩んで愛想笑いを返した。
付与魔法で作物を成長促進させてバリバリ収穫してます……なんて説明したところで信じてくれないだろうし。
まぁ、騒ぎになっても嫌だから秘密にしておこうかな。
おばさんは少々呆れ顔で話を続ける。
「商人と契約したいんでしたら、今は組合じゃなくてリンギス商会に行くといいですよ」
「リンギス商会?」
って確かこの街で一番大きい商会だったよね。
リンギス商会はホエール地方の農作物、特に「ホエールワイン」の原料になるブドウを扱っている商会だ。
商人と交渉する場合は商人の相互扶助組織「商業組合」に行って組合長から紹介してもらうというのが普通なんだけど、なんで商会なんだろう。
「ほら、大海瘴の影響で領主様が周辺地域から農作物をかき集めてるって話があったでしょう? その商談をリンギス商会でやっているんですよ。なんでも見習い商人まで引っ張り出されているとか」
そういうことか。
でも、見習い商人まで駆り出されるって結構大変な状況なんだな。
僕なんかと契約してくれる商人は見つかるだろうか。
まぁ、何にしてもリンギス商会に行ってみるか。
「ありがとうございます。リンギス商会に行ってみます」
「商会に行かれるなら、肥料は取り置きしとけば大丈夫ですかね?」
「はい。後で運び屋ギルドにお願いして回収してもらいます」
「わかりました。それじゃあ、また後で。毎度ありがとうございます。可愛らしい奥さんも、またいらしてくださいね」
「……っ!? だからおばさまっ! 私はそういうんじゃないんですってばっ!」
爆発するかと思うくらいに顔を真赤にするララノ。
そうして僕たちは種苗ギルドを後にして、商人が集まっているというリンギス商会へと向かった。
ギルドの小さなドアを開けると、丸メガネをかけた人の良さそうなおばさんが声をかけてきた。
おばさんはカウンターで台帳のようなものを見ていたけれど、ふと僕の顔を見て驚いたような顔をした。
「……おや? 先日の魔術師様じゃないですか」
「こんにちは。また買い付けに伺わせていただきました」
「ありがとうございます。お客様はいつでも大歓迎ですよ」
おばさんが目尻に深いシワを作る。
この種苗ギルドに来るのは二度目だ。
前回来たとき、「ホエール地方で農園を開くので、種子と肥料がほしい」ってお願いしたら盛大に驚かれたっけ。
「魔術師様の農園は順調ですか?」
「ええ、お陰様で」
「本当ですか!? こりゃ驚いた。大海瘴でほとんどの農園がダメになったっていうのに、一からスタートさせてうまくいくなんて、流石は王都出身の学者先生ですね」
「いやいや、農園が順調なのは彼女の協力があってこそですから」
「……彼女?」
おばさんがメガネをクイッと上げて、僕の後ろにいるララノを見た。
「おやおや、早速お嫁さんをこしらえたんですか?」
「あ、いや、彼女は──」
「ちょ、ちょっとおばさま!」
ララノが僕の言葉を遮り、身を乗り出してくる。
「わ、わたた、私はサタ様のお手伝いというか、助手というか……ええと、使用人みたいなものですから! 私がお嫁さんだなんて、サタ様に失礼ですよ!」
「…………」
唖然としてしまった。
確かに違うんだけど、そんなに全力で否定しなくてもいいのに。
「なるほど、そうでしたか」
だけど、おばさんはララノに凄い剣幕で詰め寄られたにもかかわらず、優しげな雰囲気を崩さずに続ける。
「それにしても可愛らしい方ですね?」
「かっ、かわ、可愛い!?」
ピョコンとララノの耳が反応する。
「お、お、おばさま、わ、私、じゅじゅ、獣人ですよ!?」
「……? ええ、見ればわかりますけれど?」
おばさんはニコニコ顔で続ける。
「可愛い獣人さんじゃないですか。実は私の息子も獣人の子と結婚しましてね。ホエール地方を離れているので、あまり会えないのが残念なんですけど」
「あ……え……?」
目をパチクリと瞬かせるララノ。
まさかの反応に、大混乱に陥っているようだ。
かくいう僕も驚いている。
大通りを普通に獣人が歩いていたからもしかしてと思ったんだけど、パルメザンには獣人に理解のある人が多いのかもしれない。
「ああ、すみません。話がそれてしまいましたね。それで魔術師様、今回はどんなご用件で?」
「ああ、ええっと……今回も種子と肥料を買いたいのですが」
「承知しました。今の時期だと秋野菜の種子と苗ですね。少々お待ち下さいね」
おばさんはそう言ってカウンターの奥へと消えていく。
「……良かったね、ララノ」
そっと話しかけると、ララノは驚いたように尻尾を尖らせた。
「べっ、べ、別に私は可愛いなんて言われても嬉しくなんてありませんから。そりゃあサタ様に言われたら、少しくらいは嬉しくて──」
「あ、いや。ごめん。そっちじゃなくて、獣人への理解があってよかったねって意味。他の地域と違って、ここの人たちは獣人といい関係を続けてそうじゃない?」
ララノの驚いた反応を見る限り、彼女も知らなかったのかもしれない。
街に来るのも久しぶりと言っていたし、人間社会から離れていたら気づかないよね。
でも、これはララノにとっても嬉しい誤算だろう。
──と、思ったんだけれど。
「……ん?」
なぜかララノは今にも泣き出しそうだった。
え。なんでそんな顔?
「ど、どうしたの?」
「…………なんでもありませんっ!」
ララノはプゥと頬をふくらませ、プイとそっぽを向いてしまった。
予想外すぎる反応に、思考が停止してしまった。
なんで怒ってるんだ?
もしかして何か地雷を踏んでしまった?
でも、そんな発言は何もしてないし。
などとひとりで困惑していると、店の奥からおばさんが麻袋に入った種と肥料一式を持ってきてくれた。
ニンジン、カブ、ダイコン、サトイモ。それにナスとトウモロコシ、レタス。
ざっと見る限り、夏野菜の種だ。
まもなく夏本番だし、夏野菜の作付けをする時期か。
「あの、春野菜の種ってまだあります?」
そう尋ねるとおばさんは不思議そうに首を傾げた。
「ありますけど、もう時期は過ぎてますよ?」
「大丈夫です。もしあるなら、そちらも下さい」
付与魔法で成長促進と生命力強化してあげれば、まだまだ春野菜も育つのだ。
もしかすると、夏に入っても春野菜が作れるかもしれないな。
春野菜の種を取っておいて、夏になったら試してみようかな。季節外れの野菜ができれば、買ってくれる商人が名乗り出てくれそうだし。
「商人? ……あ、そうだ」
おばさんに会計をしてもらっていたとき、商人と契約する件を思い出した。
「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」
「はい、なんでしょう?」
「ウチの農園と取り引きしてくれそうな商人さんを探しているんですけど、この街に商人組合ってありますかね?」
「取り引き?」
「はい。実は結構な量の作物が育っていまして、余剰分を買い取ってもらおうかと思っているんです」
「…………」
なんだか胡乱な目で僕を見るおばさん。
「な、何か?」
「薄々感じていたのですが、魔術師様はやっぱり凄いお方だったんですねぇ」
「はい?」
「呪われた地で農園を始めるだけでも大変なのに、商人に売るほどの豊作だなんて普通じゃあり得ませんよ? どんな魔法を使ってるんです?」
「あ〜、いやまぁ……あはは」
どう説明しようか悩んで愛想笑いを返した。
付与魔法で作物を成長促進させてバリバリ収穫してます……なんて説明したところで信じてくれないだろうし。
まぁ、騒ぎになっても嫌だから秘密にしておこうかな。
おばさんは少々呆れ顔で話を続ける。
「商人と契約したいんでしたら、今は組合じゃなくてリンギス商会に行くといいですよ」
「リンギス商会?」
って確かこの街で一番大きい商会だったよね。
リンギス商会はホエール地方の農作物、特に「ホエールワイン」の原料になるブドウを扱っている商会だ。
商人と交渉する場合は商人の相互扶助組織「商業組合」に行って組合長から紹介してもらうというのが普通なんだけど、なんで商会なんだろう。
「ほら、大海瘴の影響で領主様が周辺地域から農作物をかき集めてるって話があったでしょう? その商談をリンギス商会でやっているんですよ。なんでも見習い商人まで引っ張り出されているとか」
そういうことか。
でも、見習い商人まで駆り出されるって結構大変な状況なんだな。
僕なんかと契約してくれる商人は見つかるだろうか。
まぁ、何にしてもリンギス商会に行ってみるか。
「ありがとうございます。リンギス商会に行ってみます」
「商会に行かれるなら、肥料は取り置きしとけば大丈夫ですかね?」
「はい。後で運び屋ギルドにお願いして回収してもらいます」
「わかりました。それじゃあ、また後で。毎度ありがとうございます。可愛らしい奥さんも、またいらしてくださいね」
「……っ!? だからおばさまっ! 私はそういうんじゃないんですってばっ!」
爆発するかと思うくらいに顔を真赤にするララノ。
そうして僕たちは種苗ギルドを後にして、商人が集まっているというリンギス商会へと向かった。