ララノの「任せて」という言葉に嘘偽りはなかった。

 軽く旅の準備をして出発したのだけれど、ララノが呼んでくれた巨大な狼に街の近くまで送って貰えることになったのだ。

 狼の足は驚くほど速かった。

 馬車で二日かかるパルメザンまでの道を、わずか数時間で完走した。

 とはいえ、お世辞にも快適とは言いづらかったけど。

 道中は落下したら死んでしまいそうな断崖絶壁を飛び降りたり、急勾配の斜面を滑り降りたり。はっきり言って、生きた心地がしなかった。

 ララノには申し訳ないけど、できれば次回はご遠慮させていただきたい。

 というわけで予想より早く到着したパルメザンの街は、相変わらず程よい賑わいを見せていた。

 いや、以前よりも通りを走る荷馬車の数が多いかもしれない。

 そういえば「領主様が周辺地域から農作物をかき集めている」みたいな話をサクネさんがしていたっけ。

 その影響で商人たちが集まっているのかもしれないな。

「……サクネさん、元気にしてるかな」

 彼の荷馬車をぬかるみから救出したのは数週間前だけれど、もう何年も前のことのように思えてしまう。

 それほど農園生活が充実してるってことなのかな。

 もし街にサクネさんがいたら、ララノと三人でご飯にでも行こうか。

 そう考えながらふとララノを見たら、警戒するような目で周囲をキョロキョロと見ていた。

「ララノ?」
「……っ!」

 声をかけると、彼女はビクッと身をすくませた。

「大丈夫?」
「あっ、いえ、大丈夫……ですけど、ちょっと人間の方たちが」
「人間……? あっ」

 言われて気づく。

 そうだ。ララノたち獣人は、人間から忌み嫌われている種族だった。 

 大きな街に行けば獣人の奴隷を売っている奴隷商は必ずいるし、「劣等種」だと理由もなく迫害を受けている獣人も少なくない。

 もしララノに何かあったら、僕が守ってやらないとな。

「もし変なヤツが絡んできても僕が追い返すから」
「え?」
「獣人だからってララノは後ろめたさを感じる必要はないよ」
「……え、あっ、それは、ええっと」

 どうしたんだろう。

 ララノは顔を赤くしてうつむいてしまった。

「ご、ごめんなさい。そういうのではなくて、こんなに多くの人間の方たちを見るのは久しぶりなので、単純に驚いてしまっただけというか……」
「…………」

 しばし僕たちの間に気まずい沈黙が流れる。

 というか、周りをよく見たらチラホラと獣人がいるじゃないか。

 もしかしてホエール地方には獣人が多いのかな?

「あ、あはは。ごめんね。完全に僕のはやとちりでした」
「いえ、謝ることでは……むしろ、お気遣いありがとうございます」

 恥ずかしそうにうつむいたままのララノだったが、彼女の尻尾は嬉しそうに揺れていた。 

「パルメザンには何度か来ているのですが、最近はサタ様以外の人間の方とお会いしていなかったので、何だかドキドキしてしまいます」
「あ、わかる。久しぶりに人に会うとソワソワしちゃうよね」
「もしかして、サタ様も?」
「うん。実はそうなんだよね。だって僕もララノ以外と会ってないし」
「ふふ。じゃあ一緒に慣れていかないとですね」

 クスクスと肩を震わせるララノ。

 なんだかニートの社会復帰訓練みたいだな。

 まぁ、農園に来る前は院に引きこもって研究していたわけだし、ある意味ニートみたいなものだから間違いじゃないけど。

「とりあえずリハビリも兼ねてお店を回りましょうか。買った物は運び屋ギルドさんにお願いして農園まで運んでもらうんですよね?」
「うん。そうしようと思ってるんだけど、買い出しして帰るだけじゃ、なんだか寂しい気もするしな……」

 とそこで僕の脳裏にふととあることが浮かぶ。

「あ、そうだ。用事が済んだらおいしいものでも食べて帰らない?」
「あっ! 良いですね!」

 ララノの表情が、パッと明るくなった。

「お話したトマトペーストのパスタ、食べに行きます?」
「それもいいね。ララノはお酒を飲めたりする?」
「はい。バッチリいけます」
「じゃあ、買い物が終わったらパスタを食べてから居酒屋に行こう。聞いたところによると、パルメザンには貴重なホエールワインが飲める店があるらしいんだ」
「ホエールワインが飲めるんですか!? すごい! それは楽しみです!」

 ララノが嬉しそうにパチパチと拍手する。

 サクネさんに教えてもらっただけで、まだ行ったことがないんだけどね。

 でも、サクネさんに色々とお店を教えてもらっておいてよかった。

 ララノの好きなお酒の話題で盛り上がりながら、僕たちは街の「種苗ギルド」へ向かうことにした。

 「種苗ギルド」は大きな農園に肥料や種子、苗、資材などを卸しているお店なんだけれど、小ロットで店頭販売もしている。

 ちなみに現代日本では農家は「種屋」といわれている農業に関するもの全般を売っているお店から買っているらしい。アルミターナでその種屋の役割を担っているのが種苗ギルドというわけだ。