ふとララノの見ると、ひどく沈んだ表情でコーヒーを飲んでいた。

 その顔を見て、僕はハッと気づく。

「……ごめんねララノ」
「え?」
「僕が変な質問したばっかりに、辛いこと思い出させちゃって」

 僕はなんて愚かな質問をしてしまったんだ。

 ララノが僕に話してくれたことは、実際に彼女見て体験してきたこと。

 故郷が大海瘴に飲み込まれ、発狂した動物たちに仲間や家族が襲われるという壮絶な体験から生まれた推測。

 軽い気持ちで聞いて良いものじゃなかった。

「軽率だったよ。本当にごめん」
「そ、そ、そんな、謝らないでください。大海瘴の体験を話そうと思ったのは私ですし。それに、サタ様のお力になれたなら嬉しいので」
「ラ、ララノ……」

 思わず熱いものがこみ上げてきた。

 なんて良い子なんだろう。

 そう思うと同時に、ララノの力になってあげたいと心の底から思った。

「ララノに約束するよ。いつかこの場所から瘴気を無くしてみせる」
「……えっ?」
「そしたらきっとキミの家族や仲間たちも戻ってきて、集落も再興できるはずだ」
「…………」

 ポカンとするララノ。

 その表情に、逆に驚いてしまった。

 感動とかならまだしも、何でそんな表情なんだろう。

 もしかして、気持ち悪い発言で、ドン引きされてしまったパターン?

「ふふっ」

 軽く自己嫌悪に陥っていると、ララノはくすぐったそうに肩を震わせはじめた。

「やっぱりサタ様って、他の人間の方たちとは違いますね」
「……え? そ、そう?」
「獣人のためにそこまで言ってくださる人間の方なんていませんよ」
「あ〜……いやまぁ、普通の人はそうなのかもしれないけど」

 獣人に対して思うことなんて何もない。

 彼らに嫌がらせをされたってわけでもないし、どちらかというとラインハルトさんみたいな人間の方が百倍嫌いだ。

 助けたいと思ったのは、相手がララノだから。

 というのも何だか気持ち悪いけれど、それが僕の正直な気持ちだ。

「サタ様、ありがとうございます」

 ララノは立ち上がって敬々しくお辞儀をした。

 彼女につられて、僕も立ち上がって頭を下げる。

「あ、いや、うん……こちらこそ瘴気のことを話してくれてありがとう」 

 なんだか気まずい空気が僕たちの間に流れはじめる。

 う〜。こういう空気は大の苦手だ。

「ええと……と、とりあえず、良い情報を教えてくれたお礼に、もう一杯コーヒーどうかな? 疲れが取れる『持久力強化』の僕の付与魔法入りで……って、別に今から肉体労働頑張れよとか、そういうことを言ってるわけじゃないから勘違いしないでね?」

 慌てるあまり、一気にまくし立ててしまった。

 あわあわ。ちょっと落ち着けよ僕。

 そんな僕を見て、ララノはクスクスとくすぐったそうに笑う。

「……ふふ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「う、うん」

 早速コーヒーを作ろうと、挽いたコーヒーを入れているケースを手に取ったが空っぽだった。

 何だよもう。タイミングが悪いな。

「ごめん。コーヒー切れたみたいだから、ちょっと待ってて」

 そそくさと、すぐ隣にある備蓄テントへと向かった。

 ここには消耗品や保存食、飲料水などが保管してあるけれど、全て農園に来る前にパルメザンで買ってきたものだ。

「……ううむ」

 テントの中を見た瞬間、考え込んでしまった。

「……? どうしました?」

 いきなり僕が難しい顔で悩みはじめたもんだから、ララノが不思議そうに声をかけてきた。

「あ、いや、改めて備蓄品を見たんだけど、結構減ってきてるなって」

 気のせいではなく、明らかに減ってきている。

 農園生活をはじめて一度も買い出しに出ていないので当たり前なんだけど。

 しかし、こうして見ると、やっぱりこの農園で賄えないものは多いな。

 農園に旅の商人でも立ち寄ってくれれば良いんだけど、わざわざ危険な呪われた地に来るわけがないし。

 ここまで来て貰うには、街に行って彼らと契約を結ぶ必要がある。

「……よし、予定を変更して街に行こうか」
「え? 街に? これからですか?」
「うん。物資の補充をしてから商人さんと契約したい。ほら、彼らに農園まで足を伸ばしてもらえたらと色々と助かるでしょ?」

 さらに、その商人が農作物を買い取ってくれれば最高だ。

「近くの街というと、パルメザンでしょうか」
「そうだね。行きは徒歩になるけど、付与魔法を使って俊敏力と持久力を上げれば早く着けるんじゃないかな」

 ここに来るときに高いお金を払って運び屋ギルドにお願いしたのは、運ぶ荷物があったからだ。

 向こうで買い物をするので戻ってくるときは運び屋ギルドにお願いしないといけないけど、行きは時間短縮できるはず。

 畑には定期的に「免疫力強化」の付与魔法をかけないといけないけど、土壌改良しているから一週間くらいは持つ。

 農園を離れても問題はない。

「わかりました。それではサタ様がお戻りになるまで私は畑を守っていますね」
「え? 一緒に行かないの?」
「……はい?」
「いや、だってほら畑は動物たちに任せられるし、ララノも一緒にパルメザンに行かないのかなって」
「…………」

 ララノが僕の顔を見たまま固まる。

 そして、ハッと我に返ったかと思うと、カッと顔を真っ赤に染めた。

「わっ、わ、私も一緒に行ってもいいんですか!?」
「もちろん。料理に必要なものとかあったら一緒に買っておきたいし、むしろ一緒に来て欲しいっていうか。あ、でも長旅になるし、無理に同伴してくれなくても良いけど──」
「愚問っ!」
「うわっ!?」

 獣人の脚力を活かした素早い動きで瞬時に詰め寄ってくるララノ。

 その目は獲物を狙う肉食獣のように鋭かった。

「もちろん行きます! ええ、行かせていただきますとも! まるっとララノにお任せあれっ!」
「……あ〜、えと、うん。お願いします」

 その気迫に気圧されてしまう僕。

 でも、一緒に来てくれるようで良かった。

 そうして僕たちは、農園をスタートさせてはじめての遠出をすることになったのだった。