氷室がそっと、想い人に呼びかける。

『桜葉。目を開けて』

そっと、その隣に寄り沿う。櫻は気づいてしまった。氷室がやろうとしていることを。向かおうとしている道を。引き留めないと! 氷室を羽交い絞めにしてでもやめさせないと、と手を伸ばしたが、氷室が遠くなっていく。

『氷室、馬鹿が……っ』

氷室が――氷室の魂が形を作りはじめている――。櫻は慌てて氷室を取り返そうとしたが、氷室の意識の総てが桜葉に向いている。櫻を認識していない。……元が鬼である櫻は、誰かに認識されることによってでないと存在が確立出来ない―――。ここには櫻を見続けてきた李がいない。櫻が消えかかる。

『桜葉、ごめんな。桜葉……気づいて』

氷室は桜葉を抱きしめながら語りかける。ふっと、桜葉の視線が揺らいだ。

「……氷室くん?」

『桜葉……っ』

身体を見てではなく、《幽鬼》の氷室に向かって呼びかける桜葉。

「氷室くん……いるの……?」

『氷室! 還れ!』

櫻が精一杯に叫ぶが、もう駄目だ。《氷室》は桜葉によって認識されてしまった。

『桜葉―――「桜葉。逢いたかった」