風邪をこじらせても諦めなかったのが、功を奏したのかもしれない。
 冬休みが明けた年始のテストで、翔太はなんとか四十八位という順位を手に入れた。半年間で約五十人を追い抜いたということになる。
 教室は、またも町内で発生した空き巣事件に湧いていたが、翔太にはそんなものどうでもよかった。
 それから二ケ月は、あっという間だった。
 滑り止めの私立など受験させてはもらえない。だから三月九日、この日の一発勝負ですべてが決まる。
 まだ冷たい空気を裂く電車に、翔太は凛と一緒に乗った。駅で止まるたび、緊張した面持ちの中学生が乗り込んでくる。まるで夏とは間反対の光景だ。
「今日は、夢見なかったの」手すりを掴んで立ったまま、翔太は凛に問いかける。
「残念ながらね」単語帳をぱらぱらと捲りながら、隣で彼女はくすりと笑った。どうやら、受験が有利になる夢は見なかったらしい。
「それより」彼女は、その表情を一変させた。眼差しの真剣みは、翔太が息を呑んでしまうほど。
「面接、先に終わっても帰らないで。私と一緒に帰って」
「待ってろってこと?」
「そう。もし私の方が早くても、翔太のこと待ってるから」
 面食らいながらも、翔太はそれぐらいならと了承する。
「絶対だよ。絶対に、一人で帰らないでね」
 凛が翔太に約束させたとき、電車は青南高校最寄り駅に到着した。

 教室の窓の向こうに、初春の海が見える。
 だがそんな光景に浸る余裕など、誰一人持ち得ない。それは翔太も当然で、緊張にうっすらと滲む手のひらの汗を、ズボンで拭った。
 肝心のテストは、国語は時間が余るほどすぐに解けた。だが、ただでさえ苦手な社会が難しかった。それでも、凛が以前に解説してくれた範囲が出たのは有難かった。
 緊張した教室には、休み時間になっても騒ぐ生徒はいなかった。合否がかかっている緊迫感はもちろんだが、合格すればここにいる誰かさんは、同じ学校の同級生になるのかもしれない。今は名前すら知らない相手なのに、来月には同じ教室で授業を受ける可能性もある。そうした妙な不安による緊張感が張りつめていた。
 出席番号が近いおかげか、翔太と凛は同じ教室だったが、他の生徒と同じようにそれぞれ自分の席で弁当を食べた。
 筆記試験が終わると、順番に教室を出て面接を受ける。
 見た目の平凡さと適当さには自信があったから、面接は順調に終わった。髪は規定内の長さ、シャツの第一ボタンはしまっている、上履きのかかとも踏んでいない。普段通りならば平気だと担任は言っていた。
 面接が終わり、翔太は学校を出て駅のホームで凛を待った。校内で待つのは心象が悪い。朝下りたのとは反対側のホームで椅子に座り、冷たそうな海を眺めて待っていた。
「ごめんね、遅くなって!」
 やがて、息を切らしながら凛が駆けてきた。マフラーの端が尻尾のように跳ねている。
「そうでもないよ」翔太は立ち上がった。
「……テスト、できた?」呼吸を整えた凛は、おもむろに問いかける。
「えっと、まあ……」マフラーを少し下げて、頬をかく。「公民が、難しかった」
「だよね。私も思った」
「俺、大丈夫かな……」
「大丈夫だよ、きっとみんな難しかったはずだよ。平均そんなに高くないって」
 彼女の励ましに、翔太は頷く。
「凛はどうだったの」
「心配ないよ、百点だから!」
 胸を張ってそんなことを言う。相変わらずの自信に、翔太は苦笑する。
 やがてやって来た電車に乗り、二人は元の若葉町に帰る。凛が先に帰るなと言ったのは、やはり不安を共有したいためだったのだろうか。翔太は思ったが、実際の理由は全く異なっていた。