「……たまにメシ、誘ってもいいかな。今度は百瀬が好きな店にするから」
「うん! でももう奢らなくていいよ。今度は私もお金払うね」
 マンションのエレベーターで別れたあとも、もやもやとした感情が心を満たしていた。
 百瀬はいじめにあっているのか、いないのか。結局わからずじまいだ。
 落ち着きなくポケットに手を突っ込む。すると、空っぽのはずのその中に何かが入っていることに気づいた。
 ペンだ。ノック部分に猫のキャラクターがついた、かわいらしいボールペン。
 ——さっき、ハンバーガー屋で百瀬が使っていたものだ。
 ノートの紙切れが消えた。
 そして今度は百瀬のペンが現れた、ということは。
 百瀬のポケットの中身が、俺のポケットとつながっている……?
 いやいや。
 そんなわけない。そんな怪奇現象、起こるはずない。
 頭を振りつつ家のドアを開けると、お袋がおかえりの言葉もなく、ご飯はー、と台所から叫んできた。
 その声に、あとでー、と返して自室へ向かう。
 今はなんとなく、一人になりたい気分だった。
「あ、おかえりー」
 部屋のドアを開けると、(すず)が漫画を手にラグの上に寝転がっていた。
 思わずその場に立ちすくしてしまう。
「……人の部屋で何してんだ」
「漫画借りてまーす。ちゃんとノックしたよ。ノックノックっていつもうるさいんだから」
「いや、返事がないなら入んなよ……」
 我が妹は俺と正反対で、繊細な心など持ち合わせていないのだから腹が立つ。
 机の上に鞄を置くと、鈴が漫画を放り出して椅子の背に乗っかってきた。
「ねぇお兄ちゃん。最近変なこと起きてない?」
「は?」
 見ると、鈴の目は妙に輝いていた。
「たとえば、家の角曲がったら美少女とぶつかったとか、読モの転校生が隣の席になったとか。そういうやつ!」
「ねぇよ。なんだそれ、漫画の見過ぎ」
「えー、ほんとに? やっぱ効果なかったのかなぁ」
 鈴が意味深に天を仰ぐ。
 そしてまた漫画を手に寝転がるので、つい聞き返した。
「……なんの話?」
「おまじない」
 鈴が漫画を傾け、表紙から目だけを覗かせた。
「女子の間で噂なの。制服のポケットの底に穴を開けると、そこから幸せな恋が舞い込んでくるんだって」
 ——は?
 思わず頭を抱えた。
 ポケットから出ては消える、不思議な物たち。普通ならありえない、この現象。
 元凶はお前かよ……。
「……俺のブレザーのポケット、穴開けたの、お前?」
 そういえば、ある日ポケットの奥に穴が開いていたのだ。
 鉛筆も通らないくらいの小さな穴。これくらいなら何も落ちないだろうと、縫わずに放置していた。
「うん」
「ざっけんな。そんなのやりたきゃ自分の制服で試せばいいだろ」
「だって嫌じゃーん、愛する制服に穴開けるなんて。それにおまじないしなくても私彼氏いるし」
「悪かったな、一人もんで。でも何もねーから!」
 鈴が、これ借りてくねー、と言って漫画とともに部屋を出ていく。俺はため息をついて机に伏せた。