俺の唐突な提案に、百瀬は少し考えてから頷いてくれた。
 行き先は近所のハンバーガー屋になった。
 一番近いからとここを選んだものの、すぐに自分のチョイスを後悔した。
 清楚系の百瀬に激安ハンバーガー店は似合わなすぎる。
「なんだか悪いことしてるみたい」
 百瀬はポテトをひとつつまむと、ふっと笑った。
「塾からの寄り道禁止、ジャンクフード禁止、って言われてるから。お母さん厳しくて」
「あ、悪い……」
「ううん、違うの。楽しい。制服でハンバーガー、憧れだったんだ」
 そう言って頬を緩ませる。なんだかうれしそうだ。
 いじめを受けているなんて、全然感じさせない雰囲気。
 やっぱり気のせいなのだろうか。
「最近……どう?」
 無言になるのが怖くて、なんの捻りもない質問をしてしまった。
 会えば挨拶はしていたものの、ちゃんと話すのはかれこれ小学生ぶりだ。何を話せばいいのかわからない。
「元気だよ。片野くんは?」
「俺も、元気」
「元気かぁ。そっかぁ、よかった」
 明らかに中身のない会話にも、百瀬は笑う。でも俺は上の空の笑みしか返せなかった。
 本当に聞きたいのはいじめのことなのに、実際に彼女を前にすると聞くことができない。
 それに、いじめが本当だとしても俺にはどうすることもできない。学校の違う俺には彼女を助けることなんてできない。
 ……なんて。
 俺は彼女を助けたかったのだろうか。
「……百瀬は最近、何やってるの?」
 頭がまとまらないまま無意味に間をつなぐ。
 すると百瀬は意外な返答をした。
「最近は、なんだろうなぁ。手紙を書いてるかな」
「……手紙?」
「昔から字を書くのが好きでね。それで今は、昔の友達とか親戚の子とかと手紙でやり取りしてるの。文通っていうのかな。意外と楽しいよ」
 不意に、その手紙を受け取れる人たちを羨ましく思ってしまった。
 百瀬のあの字が、自分のためだけに紡がれるのだ。
「……字、きれいな人は、自然と何か書きたくなるのかな」
 つい呟いて、はっとする。
 小学生の頃の百瀬の字を覚えているなんて、変態みたいだ。変に思われたのではと焦っていると、百瀬がポケットからペンを取り出して、紙ナプキンに何かを書き始めた。
 それを俺の方に差し出す。
〝ありがとう〟
 紙にはそう書かれていた。
「……ペン、いつも持ち歩いてるんだ。忘れん坊だから、いつでもメモできるように」
 じっと見ていると、伝わってくる。褒められてうれしい気持ちと、少し照れ臭い、心のうちも。
 ……そうか。
 俺は、この字を汚されることが許せなかったんだ。
 ノートに詰まった、彼女の美しい世界。それを汚い言葉で踏み潰されることが許せなかった。俺がどうにかできるのなら、手助けしたいと思ったのだ。
 そう気づいたと同時に、確信してしまった。
 たったの五文字でも、わかる。小学校の頃と変わらない文字の癖、形。
 ——やっぱりあのノートは、百瀬のものだ……。