俺の制服のポケットと百瀬華乃(ももせはなの)のポケットがつながっていると気づいたのは、まだ残暑の熱が残る夏の終わりのことだった。
 きっかけは、ポケットに入っていた一枚の紙切れだ。
 入れた覚えのない四つ折りの紙切れ。それを広げると、どうやらA4のノートを切り取ったものらしく、中には日本史の板書が書きとめられていた。
 だけれどそれよりも先に目に飛び込んできたのは、板書の上に書き殴られた大きな文字だ。
〝うざい 消えろ〟
 その文字を見た瞬間、思わず鳥肌が立った。
 はじめて見た、純粋な悪意だった。
 家族や友達と言い合いになってつい暴言を吐いた時のような、そういうレベルのものじゃない。直球で明確な、はっきりとした憎しみがそこにはあった。
 なんだ、これは。
 まさか……いじめ?
 そっと教室を見渡す。でも、この教室に俺を嫌っているやつはいないような気がした。
 自分で言うのもなんだが、俺はどんなコミュニティでも平和にやり過ごせる中立国的存在だ。本心は見せないかわりに恨みを買うこともない、みんなのエキストラ、生徒A。
 そうでなくてもうちのクラスは仲がよくて、いじめなんて聞いたこともない。やっぱりこれは俺宛てのものじゃない。
 そう思えたのは、板書の字だった。
 これは俺のノートじゃないのだ。いじめをするなら普通、いじめたい人物のノートに書くんじゃないだろうか。
「ごめーん、英語のノート見せて! 宿題忘れちゃったぁ」
 ふと、教室の隅で声が聞こえた。
 いつも仲のいい女子たちのやり取りだ。毎度のことなのか、お願いをされた方の女子が口を尖らせながらノートを渡している。
 その光景を見た瞬間、思い出した。
 春に流れる小川のように、清らかな字を書く彼女のことを。