「失われたデータが、あるんだよ」

 また、急に話が飛んだ。 頭の中は再びクエスチョンマークで埋め尽くされる。

私は言葉を発しず、あいさんを見つめた。

「それはふたつあってね。以前、本間藍と来栖ナノカが交際をしていた記憶、それから、来栖ナノカはエーアイ、という事実」

 だんだんと視界がクリアに、そして真っ白になっていく。

――何、これ。

「本間藍と来栖ナノカの交際はウエにバレ、来栖ナノカには強制シャットダウンと記憶の消失、本間藍にはとくに何も処罰は下らなかった」

 あいさんは「それが一番の罰だったからね」と悲しそうな笑みを見せる。

 私は言葉が出なかった。

「そして、何かの不具合で来栖ナノカが覚醒した。それがイマね。 再びシャットダウンをするよう、俺はウエから命令を受けた」

「待って、それっていつの話? というか、どういうこと?」

 これ以上こんがらがる前にと、私はあいさんに問う。

「一年前のコトだよ。きみ、来栖ナノカはエーアイで、それから俺のせいで犯罪者になった。その記憶は、今はないけどね」

「待って、そんなのおかしいよ。だって私、そんなの知らない。それに今日だって、断るつもりで」

 このヒトは、いつも私の話を遮る。

「ウエが気にしているのは、そこじゃない。 また、犯罪を犯すこと」

 あいさんはやっぱり悲しそうな顔をして、「そろそろ時間かな」と言った。

「……なんの?」

「お別れ」

「お別れしたら、どうなるの?」

 不安になりそう聞いたけれど、あいさんから返事が返ってくることはなかった。

 代わりに私の方にそっと手を伸ばし、私の手を優しく握った。

「サイゴにずっと言いたかった言葉があるんだけど、言っていい?」

 何故だか返事ができなかった。 固まった身体が動かない。

 代わりに、頭の中に流れてくる記憶は、私の涙を誘う。


――藍だ。
    ・・
――私、本間、ナノカだ。


 どうして忘れていたのだろう。

 絶対に会いに行くと、私は藍と約束したのに。


 ……藍、私は何回でも会いに行く。

 あのさ、藍、次も頑張るから。

だからまた、私のことを待っててくれないかな。

 藍の人生を縛りたいとは思わない。

だけど私を、忘れないでほしかった。


「さよなら、かな。 ナノちゃんのこと、アイしてたよ。」


 その言葉が聞こえた後、目の前が真っ暗になって、何も聞こえなくなった。

だけど、「シャットダウンしています」という音が鳴っていることは分かる。


 どうやら私は、人間(ヒト)じゃなかったらしい。
 
……じゃあ、またね、藍。


愛、してるよ。