少年は小さい声で唸り声の様なものを絞り出している。身体を徐々に震わせながらもその唸り声は徐々に大きくなっていき、次第に獣の咆哮の様な腹に響く重低音で大音量の叫びに森の鳥たちは一斉に飛び立っていった。
　
　さやかはその唸り声に驚いて腰を抜かしてへたり込んでしまった。驚きながらも目の前にいるのは自分の息子だと思っているさやかは少年に必死に呼びかける。
　
「龍矢……　今まで放っておいてごめんね、『何を今更』と言うのはわかってる、都合がいいのもわかってる。だけど、お母さんね……　これからはずっとあなたと一緒に居たくて……　お願い、龍矢……　り、りゅう……や？」

　さやかの声に振り返った少年の容貌は徐々に変化していき、最早原型の形さえ分からない程に歪んでおり、顔全体――いや、身体全身が体毛で覆われ初めて人型の獣の様に変わっていた。
　
「な、なんで……？　ど、どうして……？」
　
　状況がまるで理解できていないさやかはどうしていいか分からず、一歩も動くことができない。人型の獣は徐々にさやかににじり寄る。
　
　人型の獣がさやかの目の前まで来た時、腕を振り上げた。その先端には、十センチ程まで伸びていた鋭利な爪で、さやかを引き裂こうしている。
　
　その時、森の中から飛び出して走ってくる一つの影があった。
　
　その影は跳躍して人型の獣を蹴り飛ばしてさやかとの間に割って入った。
　
「やっぱりこうなったか……　話しかけんなっつったろ。ったく、手間かけさせやがって」
　
「ロンシィ……　ど、どういう事なの？　貴方何か知ってるの？」
　
「話は後だ、こうなったらどの道手遅れだ。残念だが、ここで終わらせるしかない」
　
《海神より生まれし(ペリアース、)双生の剣(ネーレウス)》
　
　そう口にしたロンシィの両腕には二振りの剣が握られていた。
　
　人型の獣に切りかかるが、寸前の所で回避されてしまう。
　
　人型の獣も応戦するかの様に爪でロンシィを切り裂こうとするものの、剣で弾き返す。
　
　一進一退の攻防が続く中、さやかは何が起きてるのか理解できずに目の前で起きている光景を見ている事しかできなかった。
　
　まるでドラマ……　いや、特殊効果もスタントもなくテレビの中だけで起こせるような事態が今まさに目の前で起きている。