あまり遊んだことのないクラスメイトの女の子、望月さん。転校してきた三年生からずっと同じクラスで、同じ係にもなったことがあるけれど、彼女はあんな風に強気だっただろうか。

「……ねえ、この百物語、参加者は何人だった?」
 不意に紡がれた望月さんの言葉に、思わず皆がきょとんとする。
「……? 五人だろ?」
「今はね。でも思い出して。最初、四隅に一人ずつ、自分の場所を決めて荷物を置いた……話し終わったら、その場所に戻るから。……でも、話し終わったら、次の子が居た場所に座るようになったのは、何故?」
「あ、れ……?」

 そういえば、私が話し始める前、恵は野秋くんの傍までメモ帳をしまいに行っていた。彼女のお気に入りの鞄。普段遊ぶ時には、肌身離さず持ち歩いていた。
 話し終えて戻るのが定位置だったなら、鞄の置きっぱなしにも納得出来る。

「つまり、百物語中に……この中の誰かが、増えてる……?」
「うそ……やだ……!」
「誰だよ、それ!」
「も、もう帰ろうよ!」

 皆が疑心暗鬼に陥る。部屋の中はパニックだ。お互い顔見知りで、名前だって分かるし、学校での思い出がちゃんとある。それなのに、この中の誰かが幽霊だとでも言うのだろうか。
 半狂乱になった田代くんを野秋くんが宥め、私と恵は寄り添い合う。けれど語り手として蝋燭の傍に居る望月さんだけは冷静だ。

「ねえ、私、正解を知ってるの。誰が幽霊か……知りたい?」
「……知ってるなら教えろよ、誰なんだ?」
 野秋くんの言葉に、望月さんはスッと指先を伸ばし、私達の方へと向けてきた。
「……、わ……私?」

 私と恵は、顔を見合わせる。そんな筈ない。私達は、幼稚園の頃からずっと親友だ。
 しかし次いで、彼女は反対の隅に居た野秋くんと田代くんの方へも指を動かす。

「?」
「四隅に、四つの鞄があるでしょう? その持ち主がわかれば、自ずとわかるんじゃない?」
 彼女の言葉に、私達はそれぞれ自分の荷物を主張した。あの可愛らしいのは恵の。この手提げは私の。向こうの手提げは田代くんの、あっちの風呂敷は野秋くんの。
「荷物がないのは、望月さん……?」
「ひっ!?」

 怯えた田代くんが、部屋を飛び出そうとする。しかし、襖はぴったりと閉ざされ開かなかった。

「嫌だ! 出してよ!」
「たすけて!」
「……ねえ、荷物。本当にあなた達の? こんな、黒焦げのが」

 望月さんの言葉に、私達の動きはぴたりと止まる。そして彼女は小さな板のような物をポケットから取り出して、指先で板の表面をなぞり始めた。するとその板は懐中電灯のように光り、手近な私の荷物を照らした。

 暗さに慣れた目には痛いくらい眩い光の下、私の白かった筈の手提げは、真っ黒な炭のようだった。

「え……?」

 見たこともない光る板、黒焦げの手提げ、開かない部屋。もう、訳がわからなかった。
 唯一残った百本目の蝋燭は、もう短い。それが消えれば、この悪夢は終わるのだろうか。
 望月さんは、私の考えを察したように、何処か寂しそうに微笑む。その表情は、同い年とは思えないくらい大人びていた。

「……百話目。毎年この日になると、村の外れの廃墟で百物語を繰り返す、二十年前に亡くなった四人の小学生」

 静かに呟かれた彼女の言葉に、混乱していた筈の私達はやけに納得してしまった。先程までの恐怖を忘れ、大人しくなる。あれだけ疑心暗鬼だったのに、誰一人、反論しなかった。

「……四人の、小学生……。席の移動がいつもと違うのは、望月さんが、今日初めての参加だから……?」
「うん……途中から混ぜてもらったの。二十年、待たせてごめんね」

 嗚呼、なんだ。百物語をして出てきた幽霊は、私達四人の方だったのか。

 嗚呼、そうだ。私達は、とっくに死んでいた。四人で二十年間も同じ百物語を繰り返して、百話目を迎える前に、やっぱり死んでしまう。それが心残りだったのかもしれない。或いは、私達は消えてしまわない為に、終わらない百物語を続けたかったのかもしれない。そんな自覚が芽生えても、今更遅いのだけど。

 だって私達は、とっくに百話目になっていたのだ。百物語は、既に完成していたのだから。

「……なぁんだ、そっか。……望月さん、最後に参加してくれて、ありがとう。五人で出来て、嬉しかった」

 生きている頃、学校ではあんまり遊べなかったけど。五人で居られた今夜は、今までで一番楽しかった。

「……、私も」

 望月さんは、驚いたように目を見開いた後、小さく微笑んで、最後の蝋燭を吹き消した。


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