前回のあらすじ
自分なりに異世界での生活に折り合いをつけ始めたウルウ。
一方、何やら大ごとを起こしながらも黙っているトルンペートであった。
リリオの装備がすっかり直り、私たち《三輪百合》がベテランのペットトリマーの風格さえ見せ始めたころ、風はいくらか冷たさを帯び、短い夏は終わり秋が訪れようとしていた。
手慣れた老人介護士の風格さえ見せはじめた私たちは、相変わらず地味でスリルのない仕事をだらだらとこなしては、体が錆びつきそうだとぼやくリリオと鍛錬してやる日々を送っていた。
そんなプロ清掃人張りにどぶさらいに慣れた私たちに舞い込んだ依頼は、いかにも秋らしいものであった。
「キノコ狩り、ですか?」
「そうです。君たちも暇してるんじゃないかと思いまして、遠出がてらいつもやらない依頼をやってみるのもいいんじゃないかと思いましてね」
朗らかに笑いながらそんな提案を持ってきたのは、メザーガ冒険屋事務所の先輩である、パフィストという天狗の男性だった。
天狗というのは、土蜘蛛が人と蜘蛛の合いの子だとすれば、鳥と人との中間のような種族だった。
にっこりと芸能人張りに綺麗な歯を見せるように笑うのだが、よく見ればあれは歯ではなく、ひとつながりの嘴が歯のような形をとっているものであるらしい。
最初は派手な袖だと思っていた羽飾りは、あれは腕から生えている本当の羽であり、熊木菟などの羽獣に見られる風切羽の名残のようなものであるらしい。
手先はそれこそ鳥の足のように鱗に覆われ、五本の指は人のように器用に動くが、爪は鋭くいくらか恐ろしくもある。というか羽があってかつ五本指ということは、実際には六本とか七本とかもっと指が多い生態だったんだろうか。
同じく鱗に覆われた足元も特徴的で、木の枝などを掴みやすいようにか前に三趾、人間でいう踵側に二趾の指があり、この指を使いやすいようにするためか、洒落た靴には靴底というものが存在せず、歩く時にはかちゃりかちゃりと鋭い爪が音を立てる。
土蜘蛛と比べるとまだ人間に近いシルエットではあるけれど、顔つき、特に目元がかなり特徴的で、少し違和感がある。というのも彼ら天狗は虹彩がやや大きめで白目の部分が少なく、普通の人間と同じようなつもりで目を合わせるとすこしぎょっとする。
また、よく見ると瞬きの時の挙動が面白い。瞼を閉じると、それに合わせてその奥にもう一枚、透明な瞼があって、それが縦ではなく横方向にスライドするのだ。これはおそらく鳥類が持つ瞬膜と呼ばれるものだろう。
ああ、もちろん、いくら私でも不躾に真正面からまじまじと観察なんかしたりしない。《隠蓑》で隠れてるときにたまたま見かけた際、ちょっと気になって観察しただけだ。
それも十分失礼な気もするけど。
このパフィストという天狗は、髪や飾り羽こそ落ち着いた灰色だったが、自分の整った顔を自覚しているし、服装も気を遣えば振る舞いも洗練された伊達男だった。《一の盾》の面子がよく言えば質実、悪く言えば粗野な所もある中で、一人だけ小奇麗なので印象に残っていた。
「生まれの氏族が質素を旨としていたからでしょうかねえ、反動で着飾るのが楽しくって」
本人もそう語る通り、パフィストはこの事務所で一番の洒落ものだ。
とはいえ、天狗全体でみると、パフィストの生まれ氏族である森賢が特別物静かで質素なだけであって、他の氏族は大体、着飾ることや、歌い踊ることを好む賑やかな種族らしい。
ただ、種族を通してある一点だけは共通しているらしい。
「なんというか、基本的に上から目線なんですよね、天狗って。僕みたいな森を抜けて里で暮らしてる里天狗はそう言うの嫌いで抜けてきたっていうのが多いですねえ」
神話に残るレベルで、天狗というのは高慢であるらしい。
あらかたテラフォーミングが整ってからやってきた種族である彼らは、全ての支度を他の連中が済ませたということで、他の種族を自分たちが心地よく暮らすために働いた露払いとでも思っているところがあるらしい。
年寄り連中ほどそういう意識が強いらしく、若者たちはそこまでではないにしても、やはり高慢なところがあるそうだ。
「そう言うのが嫌だから抜けてきたとはいえ、僕もそういうところがないとは言えませんしね」
自覚があるだけマシだとは思うが、しかし無自覚に慇懃無礼なこと言ったり、自分は違うんですよアピールがあるのは確かだと思う。短い付き合いだが、その程度のことが感じられるくらいには私も成長したのだ。
で、なんだっけ。
「そろそろ季節ですもんねえ。くにでもよく行ってましたし、悪くないですね」
「あんた毒キノコでも平気で食べるからこっちは気が気じゃないわよ」
「慣れますよ」
「普通は慣れないわよ」
ああ、そうそう、キノコ狩りだったか。
「でもこの時期は食用キノコ狩り、毒キノコ狩り、害獣駆除の依頼が結構出るから、森は混むって聞きましたけど」
キノコの時期ともなればジビエの時期でもあるし、狩人ももちろん仕事の時期だろうけれど、手広く仕事する冒険屋たちが張り切るのも確かだろう。あんまり他のパーティとはち合うようなことが多いと、獲物も取り合いになるし、面倒が起きそうで嫌だな。
「ご安心を。天狗の知り合いから穴場を聞いていまして、そこは他の冒険屋たちにも知られていないから邪魔はされないそうですよ」
「その分害獣も多いんじゃ?」
「その方が楽しめるかと」
リリオがにっこりと微笑み、トルンペートが頭を抱えた。
私としては多少の害獣程度はどうにでもなるけど、リリオの血の気が多いのは困ったものだ。
とはいえ。
「リリオもたまには運動しないと、錆びつくだろうし」
「ウルウが賛成してくれるなんて!」
「たまには格好いい所見せてもらわないと、最近だらけてるし」
「ぐへえ」
「では皆さん参加ということでよろしいですね。詳細は後でまとめますので、出かける準備だけお願いします」
パフィストは丁寧な口調でそう微笑んで、足取りも美しく去っていった。
私はキノコ狩りやら害獣狩りの作法を知らないので、準備はリリオとトルンペートに任せるとして、のんびりインベントリの内部を整理することにした。
ああいう胡散臭い男の言うことは、信用しないことにしているんだ。
用語解説
・天狗
隣人種の一つ。風の神エテルナユーロの従属種。
翼は名残が腕に残るだけだが、風精との親和性が非常に高く、その力を借りて空を飛ぶことができる。
人間によく似ているが、鳥のような特徴を持つ。卵生。
氏族によって形態や生態は異なる。
共通して高慢である。
・森賢
天狗の氏族の一つ。フクロウのような特徴を持つ氏族で、天狗の中では例外的に物静かで質素。哲学を好み、学のないものを見下す傾向にある。
種族特性としてほぼ完全な暗視を持ち、また熊木菟のように周囲の音を殺すことができる。
・里天狗
このような言い方は里土蜘蛛など他の隣人種にも見られるが、つまり山や森など元々の住処を離れて、人族の作る街を棲み処とするものを特にさしていう言葉。
元々の住処での生活が肌に合わなかった変わり者であったり、特別社交的であったりする。
ただ、若者は割と他の種族との交流が盛んなので、最近はあまり珍しくもない。
自分なりに異世界での生活に折り合いをつけ始めたウルウ。
一方、何やら大ごとを起こしながらも黙っているトルンペートであった。
リリオの装備がすっかり直り、私たち《三輪百合》がベテランのペットトリマーの風格さえ見せ始めたころ、風はいくらか冷たさを帯び、短い夏は終わり秋が訪れようとしていた。
手慣れた老人介護士の風格さえ見せはじめた私たちは、相変わらず地味でスリルのない仕事をだらだらとこなしては、体が錆びつきそうだとぼやくリリオと鍛錬してやる日々を送っていた。
そんなプロ清掃人張りにどぶさらいに慣れた私たちに舞い込んだ依頼は、いかにも秋らしいものであった。
「キノコ狩り、ですか?」
「そうです。君たちも暇してるんじゃないかと思いまして、遠出がてらいつもやらない依頼をやってみるのもいいんじゃないかと思いましてね」
朗らかに笑いながらそんな提案を持ってきたのは、メザーガ冒険屋事務所の先輩である、パフィストという天狗の男性だった。
天狗というのは、土蜘蛛が人と蜘蛛の合いの子だとすれば、鳥と人との中間のような種族だった。
にっこりと芸能人張りに綺麗な歯を見せるように笑うのだが、よく見ればあれは歯ではなく、ひとつながりの嘴が歯のような形をとっているものであるらしい。
最初は派手な袖だと思っていた羽飾りは、あれは腕から生えている本当の羽であり、熊木菟などの羽獣に見られる風切羽の名残のようなものであるらしい。
手先はそれこそ鳥の足のように鱗に覆われ、五本の指は人のように器用に動くが、爪は鋭くいくらか恐ろしくもある。というか羽があってかつ五本指ということは、実際には六本とか七本とかもっと指が多い生態だったんだろうか。
同じく鱗に覆われた足元も特徴的で、木の枝などを掴みやすいようにか前に三趾、人間でいう踵側に二趾の指があり、この指を使いやすいようにするためか、洒落た靴には靴底というものが存在せず、歩く時にはかちゃりかちゃりと鋭い爪が音を立てる。
土蜘蛛と比べるとまだ人間に近いシルエットではあるけれど、顔つき、特に目元がかなり特徴的で、少し違和感がある。というのも彼ら天狗は虹彩がやや大きめで白目の部分が少なく、普通の人間と同じようなつもりで目を合わせるとすこしぎょっとする。
また、よく見ると瞬きの時の挙動が面白い。瞼を閉じると、それに合わせてその奥にもう一枚、透明な瞼があって、それが縦ではなく横方向にスライドするのだ。これはおそらく鳥類が持つ瞬膜と呼ばれるものだろう。
ああ、もちろん、いくら私でも不躾に真正面からまじまじと観察なんかしたりしない。《隠蓑》で隠れてるときにたまたま見かけた際、ちょっと気になって観察しただけだ。
それも十分失礼な気もするけど。
このパフィストという天狗は、髪や飾り羽こそ落ち着いた灰色だったが、自分の整った顔を自覚しているし、服装も気を遣えば振る舞いも洗練された伊達男だった。《一の盾》の面子がよく言えば質実、悪く言えば粗野な所もある中で、一人だけ小奇麗なので印象に残っていた。
「生まれの氏族が質素を旨としていたからでしょうかねえ、反動で着飾るのが楽しくって」
本人もそう語る通り、パフィストはこの事務所で一番の洒落ものだ。
とはいえ、天狗全体でみると、パフィストの生まれ氏族である森賢が特別物静かで質素なだけであって、他の氏族は大体、着飾ることや、歌い踊ることを好む賑やかな種族らしい。
ただ、種族を通してある一点だけは共通しているらしい。
「なんというか、基本的に上から目線なんですよね、天狗って。僕みたいな森を抜けて里で暮らしてる里天狗はそう言うの嫌いで抜けてきたっていうのが多いですねえ」
神話に残るレベルで、天狗というのは高慢であるらしい。
あらかたテラフォーミングが整ってからやってきた種族である彼らは、全ての支度を他の連中が済ませたということで、他の種族を自分たちが心地よく暮らすために働いた露払いとでも思っているところがあるらしい。
年寄り連中ほどそういう意識が強いらしく、若者たちはそこまでではないにしても、やはり高慢なところがあるそうだ。
「そう言うのが嫌だから抜けてきたとはいえ、僕もそういうところがないとは言えませんしね」
自覚があるだけマシだとは思うが、しかし無自覚に慇懃無礼なこと言ったり、自分は違うんですよアピールがあるのは確かだと思う。短い付き合いだが、その程度のことが感じられるくらいには私も成長したのだ。
で、なんだっけ。
「そろそろ季節ですもんねえ。くにでもよく行ってましたし、悪くないですね」
「あんた毒キノコでも平気で食べるからこっちは気が気じゃないわよ」
「慣れますよ」
「普通は慣れないわよ」
ああ、そうそう、キノコ狩りだったか。
「でもこの時期は食用キノコ狩り、毒キノコ狩り、害獣駆除の依頼が結構出るから、森は混むって聞きましたけど」
キノコの時期ともなればジビエの時期でもあるし、狩人ももちろん仕事の時期だろうけれど、手広く仕事する冒険屋たちが張り切るのも確かだろう。あんまり他のパーティとはち合うようなことが多いと、獲物も取り合いになるし、面倒が起きそうで嫌だな。
「ご安心を。天狗の知り合いから穴場を聞いていまして、そこは他の冒険屋たちにも知られていないから邪魔はされないそうですよ」
「その分害獣も多いんじゃ?」
「その方が楽しめるかと」
リリオがにっこりと微笑み、トルンペートが頭を抱えた。
私としては多少の害獣程度はどうにでもなるけど、リリオの血の気が多いのは困ったものだ。
とはいえ。
「リリオもたまには運動しないと、錆びつくだろうし」
「ウルウが賛成してくれるなんて!」
「たまには格好いい所見せてもらわないと、最近だらけてるし」
「ぐへえ」
「では皆さん参加ということでよろしいですね。詳細は後でまとめますので、出かける準備だけお願いします」
パフィストは丁寧な口調でそう微笑んで、足取りも美しく去っていった。
私はキノコ狩りやら害獣狩りの作法を知らないので、準備はリリオとトルンペートに任せるとして、のんびりインベントリの内部を整理することにした。
ああいう胡散臭い男の言うことは、信用しないことにしているんだ。
用語解説
・天狗
隣人種の一つ。風の神エテルナユーロの従属種。
翼は名残が腕に残るだけだが、風精との親和性が非常に高く、その力を借りて空を飛ぶことができる。
人間によく似ているが、鳥のような特徴を持つ。卵生。
氏族によって形態や生態は異なる。
共通して高慢である。
・森賢
天狗の氏族の一つ。フクロウのような特徴を持つ氏族で、天狗の中では例外的に物静かで質素。哲学を好み、学のないものを見下す傾向にある。
種族特性としてほぼ完全な暗視を持ち、また熊木菟のように周囲の音を殺すことができる。
・里天狗
このような言い方は里土蜘蛛など他の隣人種にも見られるが、つまり山や森など元々の住処を離れて、人族の作る街を棲み処とするものを特にさしていう言葉。
元々の住処での生活が肌に合わなかった変わり者であったり、特別社交的であったりする。
ただ、若者は割と他の種族との交流が盛んなので、最近はあまり珍しくもない。