前回のあらすじ
遊び慣れしたいやらしいじい様にうぶなウルウがいい様に弄ばれる回でした。
ウルウ曰くのところの怪獣大決戦は、老執事の朗々と歌い上げる今期収支決算報告書下書きにおける要塞施設修繕費用の段で勢いを減じていき、続けて取引先商会の石材高騰と兵員賃金の臨時過重貨物運搬代上乗せの段でいよいよもって幕を下ろし、綺麗な土下座が披露されました。
それにしても一応は土下座していますよと言うお母様のあの悪びれたところのない顔、腹が立ちますね。あれ、本当に悪びれてないんですよ。性質が悪い。
一方で土下座慣れしたじじさまの、あの顔はいったいどういう感情なんでしょうね。ものの見事にクシャクシャです。
「はい、ご当主様は、ごめんなさいのできる子でございますね。よい子にございます。できれば四、五十年くらい前には、良い大人になっていていただきとうございましたけれど」
「げに……! げにすまんこつ……!」
「ああ、お謝りになられないでください。お顔をお上げください。無駄ですので。その土下座には、三角貨ほどの価値も、ございませんから。ご当主様に置かれましては、値引きなり、借金なり、月賦なり、資金繰りにおいて思うさま頭を下げていただければよろしいかと。原価はただですので」
氷のように冷たい目で見降ろされて、じじさまが沈みました。おいたわしや。
このままでは遠からず私たちも極寒の世界にご招待されそうでしたので、同じく修繕費の段で責められそうなグラツィエーロおじさまとともにそそくさとお暇することにしました。
ウルウはもうさっさと部屋に戻って横になりたいみたいなお疲れ顔でしたけれど、せっかく飛竜乗りの要塞にやってきて、飛竜乗りの隊長とご一緒しているのですから、案内していただくことにしました。
私もトルンペートも勝手知ったる他人の家ですけれど、ウルウは案内されていくうちに見慣れない景色に好奇心を隠せないようでした。
ふふん、ウルウはやっぱりそう言うところがありますからね。疲れていても、好奇心は正直です。
おじさまに案内されていった先は、ちょうど飛竜場から山肌へと接続されている箇所で、融雪のまじないもここからさきはさすがにかけられていません。
しかし飛竜乗りたちによってせっせと雪かきはされていて、きちんと通れる道ができています。
山肌にしがみつくような道は、長い間に広げられ、押し固められ、人間だけでなく飛竜がきちんと通れるほどの広さがありました。
そしてそんな道の先にあるのが、帝国広しと言えども辺境にしかない、あまたの飛竜たちが飼育されている竜舎場なのでした。
転がり落ちたらふもとまで転がり落ちてしまいそうな斜面には、いくつもの横穴が開いていて、そのどれもが驚くほど広々とした洞窟となっていました。見上げた斜面のあちこちに、そのような横穴が等間隔に並べられているのでした。
「自然の地形……ってわけじゃないよね」
「まさか、だな。とはいえ人が掘ったとも思えん。伝承によれば、飛竜の咆哮で穴を開けて回ったと聞くが、よくもまあ山が吹き飛んでしまわなかったものだ」
この横穴もそうですし、そもそもモンテート要塞自体が、今となってはどうやって建設したのか誰も知らないのでした。
建設当時の痕跡を探そうにも、長い年月の間にかなりの改修、修繕、増築などなされていて、建築当時の姿を知るものはもう誰もいないのです。
それぞれの穴には、はしごと呼ぶのもおこがましい、山肌に杭を打って鎖でつなげたものが渡されているのみで、飛竜乗りたちはみな猿のように器用にするすると上り下りするのでした。
「大体予想はついてるんだけどさ、ここが竜舎場ってことはつまり、あの穴に?」
「ええ、もちろん!」
おじさまの案内で、ちょっと鎖を登った先の横穴をのぞいてみます。
そこにはぐるりと丸くなって寝息を立てる、一頭の若い飛竜の姿がありました。
体格は、子竜のピーちゃんよりは大きいですけれど、成竜のキューちゃんよりはやや小柄で、細身です。
顔つきは野生種と比べると丸っこく、どことなく柔らかくさえあります。
体色は鮮やかな炎赤色で、これでもきちんとした成竜ですね。
飛竜は、覗き込んだ私たちの気配に気づいてじろりと片目を開けましたけれど、それだけでした。またすぐに目を閉じて寝息を立て始めてしまいます。
飼育種とは言え、強靭な生き物です。人間程度にいちいち目くじらは立てないということでしょうか。馴れているので大丈夫なのでしょうか。
この辺りは判断が難しいところです。個体にも寄りますしね。
鎖を降りて下の道まで戻り、今度は最下段の少し広めの横穴を覗いてみます。
「……これも飛竜?」
ウルウが首を傾げたのも当然で、その穴の中で寝そべっていたのは先程の飼育種とも、キューちゃんピーちゃんの野生種とも似ていない竜でした。
先の飛竜が細身だったのに比べ、こちらは逆にかなりの骨太で、キューちゃんよりももっとずっとずっしりがっしりとした体格です。羽毛の下の筋肉もかなり発達しており、豊かな冬毛の上からでもその盛り上がりがうかがえるようでした。
そのような立派な体格でありながら翼はむしろ小さく、自力で飛べるのか不安になるほど小さいものでした。特に後翼はかなり退化しており、そのうちなくなってしまいそうでさえあります。
私たちがのぞき込んでも、穴に入り込んでも全く気にせずすよすよと寝息を立てる顔はかなりたくましく、特に顎がかなり発達していました。口が大きく発達しているだけでなく、顎をつなぐ筋肉が太く横に張り出しており、それで余計に顔が大きいように見えるのでした。
「おい、バリスト! バリスト一等砲兵! どこさ入ェり込んだだ! 御客人に説明差し上げろ!」
おじさまが怒鳴ると、横穴一杯にその怒声が反響して、もぞもぞとその竜の片翼がうごめきました。
いえ、いいえ、それでも竜はぐっすり寝こけて気にもとめていないのですけれど、どうやらその翼の間に誰かがいたようなのでした。
「うぇーい……なんスかァ……飛竜とのお昼寝は訓練要綱で認められてるんスからね……」
「普段から仕事しとりゃあなんも言わんがな、ほれ、しゃきっとしろ! 若ェめごこさ来たべ!」
「ええ……? 嬢ちゃんにチビちゃんじゃないスか……あれ、新顔だ」
若い飛竜乗りは眠たげに目をこすって、大きなあくびをしてから、一応という具合に背筋を伸ばして、ぎこちなく礼をしました。
「あー……ドーモ。バリストっス。砲兵とかいうのやってるッス。この子はボムボーノちゃんッス」
「えーと、このボムボーノは」
「ボムボーノちゃん」
「……ボムボーノちゃん」
「良し。新顔さんは、おっきくてかわいいッスけど、ボムボーノちゃんが一番おっきくてかわいい。わかるッスか?」
「あー……うん、はい。ボムボーノちゃんはおっきくてかわいい」
「良し」
変わった人みたいでした。
割と奇人変人扱いされがちな《三輪百合》の面々がそろってちょっと引くくらいには。
えーっと、バリストさんでしたっけ。彼は満足そうにうなずいた後、おもむろにボムボーノの、もといボムボーノちゃんの首筋に顔を突っ込んで、ずぞぞぞぞぞぞぞぞと大きく息を吸いました。
そして顔を上げます。
「まずこの種の飛竜を重飛竜って言うんスけど」
「いまのは? いまのは何の説明もないの?」
「? 俺、なんかしちゃったッスか? ただの喫飛竜ッスけど……あ、もしかして飛竜吸わない地域の方ッスか?」
「吸わない地域の方が主流なんだよなあ」
「何が楽しくて生きてるんスか?」
価値観の違いにウルウも真顔です。いつものことですけど。
野生種とは言え飛竜との触れ合いもあり、喫飛竜も嗜んだことのあるウルウですけれど、さすがに何の前触れもなく自然体で喫飛竜する根っからの喫飛竜者に会うのははじめてですもんね。あれは結構ビビります。
バリストさんは納得いかないという顔で首を傾げながら、納得いかないという顔で首を傾げるウルウに説明を続けます。異文化交流ですね。
「重飛竜ってのはまあ、ぶっちゃけ飛べない飛竜ッスね」
「飛竜なのに?」
「なのにッス。品種改良の話は難しいんでやめとくッスけど、まあ、飛んで戦う代わりに、咆哮を徹底的に伸ばした種だと思ってもらえればいいッス。空飛んでる飛竜は、強すぎる咆哮吐くと反動でふらついたり落ちたりするんで、あんまり強くは吐けねえんス。重飛竜はだからそもそも飛ぶのを捨てて、地面にがっしりしがみついて、固定砲台みたいに使う竜ッスね。安定して狙えて、安定して飛竜落とせる威力ッス」
私も実際に重飛竜が咆哮を吐くところを見たことがありますが、あれは本当にすさまじい威力です。正面から直撃してしまった哀れな飛竜が、一撃で四散してバラバラになって落ちてくるのはゾッとしないものがありますね。
「自分じゃあ飛べないんで、他の飛竜に運んでもらって、交代で砲座に就いて、飛竜が来たら撃つ。咆哮は強力ッスけど連続しては吐けないんで、撃ち残したのを飛竜乗りが狩る。こんな感じッス。確かフロントにもおんなじ感じの砲座があるらしいッス」
そうですね、私の故郷のフロント、その要塞や山岳にもこんな感じの拠点があって、重飛竜が控えていますね。
向こうでは飛竜が高く飛べないので、飛竜乗りは少なくて、ほとんどが地上に引きずり降ろして倒すことが多いんですけど。
大体フロントで半分くらい狩って、すり抜けたやつをモンテートで徹底的に落とします。
今は冬場で季節外れですからほとんど飛竜は来ないんですけれど、確かフロントでは一年で大体六十頭くらいは最低でも狩ってるので、モンテートにもそれくらい来てる計算ですね。雪のない一年の半分に限定すれば、月に十頭ですかね。三日に一回の計算ですけど、実際にはある程度群れてくるので、そこまで均一じゃないですけれど。
あ、この数字は集落なんかを襲撃して駐在騎士とかに討たれた数は含まれてませんので、もうちょっと全体としては多いかもしれませんね。
っていう話をウルウにしたら、
「修羅の国なの?」
って言われました。
シュラってなんでしょう?
用語解説
・老執事
センコレーロ(Senkolero)氏。
執事と言うより要塞の管理を見ている家令なのだが、わかりやすさを優先し、また実際に執事業も兼務しているため、ここでは執事とする。
決して怒らないと言われるほど冷静沈着。内心はどうだか知れないが。
辺境人としては珍しく喧嘩はからっきしだが、口喧嘩で負けたことは生涯ただの一度もなく、当主も良く泣かされる。
・バリスト(Balisto)
モンテート要塞に努める一等砲兵。
趣味は昼寝と喫飛竜。
飛び回らずに一所に八時間とどまっていていいとかいう重飛竜乗りを天職と思っている。
いまいち頼りなさそうだが、咆哮の的中率は断トツ。
左手薬指の爪だけ臙脂に染めている。
・砲兵
モンテート要塞においては成竜の重飛竜の乗り手を一等砲兵、観測手、また幼重飛竜の飼育などを手がけるものを二等砲兵と分類している。
・ボムボーノちゃん(Bombono)
重飛竜。十二歳の雌。卵の頃からバリストに育てられた。
体色はかなり濃い臙脂。
体長十メートル。全長(尾まで含めた長さ)十三メートル。翼開長四メートル。
体重はヒミツ。
左前脚第四指の爪だけ臙脂に染められている。
・重飛竜
飼育種の中でも、軽く早くとは真逆に、重く品種改良された種。
咆哮、つまりいわゆるブレスの威力を高められており、飛行能力はかなり低いが、地面をしっかりつかんで放たれる咆哮は戦術兵器クラスである。
飛竜が出た際の迎撃に用いられる。
ただ、飼育難度が高く、また咆哮も連発はできないので、敵の数を減らす程度の使い方。
遊び慣れしたいやらしいじい様にうぶなウルウがいい様に弄ばれる回でした。
ウルウ曰くのところの怪獣大決戦は、老執事の朗々と歌い上げる今期収支決算報告書下書きにおける要塞施設修繕費用の段で勢いを減じていき、続けて取引先商会の石材高騰と兵員賃金の臨時過重貨物運搬代上乗せの段でいよいよもって幕を下ろし、綺麗な土下座が披露されました。
それにしても一応は土下座していますよと言うお母様のあの悪びれたところのない顔、腹が立ちますね。あれ、本当に悪びれてないんですよ。性質が悪い。
一方で土下座慣れしたじじさまの、あの顔はいったいどういう感情なんでしょうね。ものの見事にクシャクシャです。
「はい、ご当主様は、ごめんなさいのできる子でございますね。よい子にございます。できれば四、五十年くらい前には、良い大人になっていていただきとうございましたけれど」
「げに……! げにすまんこつ……!」
「ああ、お謝りになられないでください。お顔をお上げください。無駄ですので。その土下座には、三角貨ほどの価値も、ございませんから。ご当主様に置かれましては、値引きなり、借金なり、月賦なり、資金繰りにおいて思うさま頭を下げていただければよろしいかと。原価はただですので」
氷のように冷たい目で見降ろされて、じじさまが沈みました。おいたわしや。
このままでは遠からず私たちも極寒の世界にご招待されそうでしたので、同じく修繕費の段で責められそうなグラツィエーロおじさまとともにそそくさとお暇することにしました。
ウルウはもうさっさと部屋に戻って横になりたいみたいなお疲れ顔でしたけれど、せっかく飛竜乗りの要塞にやってきて、飛竜乗りの隊長とご一緒しているのですから、案内していただくことにしました。
私もトルンペートも勝手知ったる他人の家ですけれど、ウルウは案内されていくうちに見慣れない景色に好奇心を隠せないようでした。
ふふん、ウルウはやっぱりそう言うところがありますからね。疲れていても、好奇心は正直です。
おじさまに案内されていった先は、ちょうど飛竜場から山肌へと接続されている箇所で、融雪のまじないもここからさきはさすがにかけられていません。
しかし飛竜乗りたちによってせっせと雪かきはされていて、きちんと通れる道ができています。
山肌にしがみつくような道は、長い間に広げられ、押し固められ、人間だけでなく飛竜がきちんと通れるほどの広さがありました。
そしてそんな道の先にあるのが、帝国広しと言えども辺境にしかない、あまたの飛竜たちが飼育されている竜舎場なのでした。
転がり落ちたらふもとまで転がり落ちてしまいそうな斜面には、いくつもの横穴が開いていて、そのどれもが驚くほど広々とした洞窟となっていました。見上げた斜面のあちこちに、そのような横穴が等間隔に並べられているのでした。
「自然の地形……ってわけじゃないよね」
「まさか、だな。とはいえ人が掘ったとも思えん。伝承によれば、飛竜の咆哮で穴を開けて回ったと聞くが、よくもまあ山が吹き飛んでしまわなかったものだ」
この横穴もそうですし、そもそもモンテート要塞自体が、今となってはどうやって建設したのか誰も知らないのでした。
建設当時の痕跡を探そうにも、長い年月の間にかなりの改修、修繕、増築などなされていて、建築当時の姿を知るものはもう誰もいないのです。
それぞれの穴には、はしごと呼ぶのもおこがましい、山肌に杭を打って鎖でつなげたものが渡されているのみで、飛竜乗りたちはみな猿のように器用にするすると上り下りするのでした。
「大体予想はついてるんだけどさ、ここが竜舎場ってことはつまり、あの穴に?」
「ええ、もちろん!」
おじさまの案内で、ちょっと鎖を登った先の横穴をのぞいてみます。
そこにはぐるりと丸くなって寝息を立てる、一頭の若い飛竜の姿がありました。
体格は、子竜のピーちゃんよりは大きいですけれど、成竜のキューちゃんよりはやや小柄で、細身です。
顔つきは野生種と比べると丸っこく、どことなく柔らかくさえあります。
体色は鮮やかな炎赤色で、これでもきちんとした成竜ですね。
飛竜は、覗き込んだ私たちの気配に気づいてじろりと片目を開けましたけれど、それだけでした。またすぐに目を閉じて寝息を立て始めてしまいます。
飼育種とは言え、強靭な生き物です。人間程度にいちいち目くじらは立てないということでしょうか。馴れているので大丈夫なのでしょうか。
この辺りは判断が難しいところです。個体にも寄りますしね。
鎖を降りて下の道まで戻り、今度は最下段の少し広めの横穴を覗いてみます。
「……これも飛竜?」
ウルウが首を傾げたのも当然で、その穴の中で寝そべっていたのは先程の飼育種とも、キューちゃんピーちゃんの野生種とも似ていない竜でした。
先の飛竜が細身だったのに比べ、こちらは逆にかなりの骨太で、キューちゃんよりももっとずっとずっしりがっしりとした体格です。羽毛の下の筋肉もかなり発達しており、豊かな冬毛の上からでもその盛り上がりがうかがえるようでした。
そのような立派な体格でありながら翼はむしろ小さく、自力で飛べるのか不安になるほど小さいものでした。特に後翼はかなり退化しており、そのうちなくなってしまいそうでさえあります。
私たちがのぞき込んでも、穴に入り込んでも全く気にせずすよすよと寝息を立てる顔はかなりたくましく、特に顎がかなり発達していました。口が大きく発達しているだけでなく、顎をつなぐ筋肉が太く横に張り出しており、それで余計に顔が大きいように見えるのでした。
「おい、バリスト! バリスト一等砲兵! どこさ入ェり込んだだ! 御客人に説明差し上げろ!」
おじさまが怒鳴ると、横穴一杯にその怒声が反響して、もぞもぞとその竜の片翼がうごめきました。
いえ、いいえ、それでも竜はぐっすり寝こけて気にもとめていないのですけれど、どうやらその翼の間に誰かがいたようなのでした。
「うぇーい……なんスかァ……飛竜とのお昼寝は訓練要綱で認められてるんスからね……」
「普段から仕事しとりゃあなんも言わんがな、ほれ、しゃきっとしろ! 若ェめごこさ来たべ!」
「ええ……? 嬢ちゃんにチビちゃんじゃないスか……あれ、新顔だ」
若い飛竜乗りは眠たげに目をこすって、大きなあくびをしてから、一応という具合に背筋を伸ばして、ぎこちなく礼をしました。
「あー……ドーモ。バリストっス。砲兵とかいうのやってるッス。この子はボムボーノちゃんッス」
「えーと、このボムボーノは」
「ボムボーノちゃん」
「……ボムボーノちゃん」
「良し。新顔さんは、おっきくてかわいいッスけど、ボムボーノちゃんが一番おっきくてかわいい。わかるッスか?」
「あー……うん、はい。ボムボーノちゃんはおっきくてかわいい」
「良し」
変わった人みたいでした。
割と奇人変人扱いされがちな《三輪百合》の面々がそろってちょっと引くくらいには。
えーっと、バリストさんでしたっけ。彼は満足そうにうなずいた後、おもむろにボムボーノの、もといボムボーノちゃんの首筋に顔を突っ込んで、ずぞぞぞぞぞぞぞぞと大きく息を吸いました。
そして顔を上げます。
「まずこの種の飛竜を重飛竜って言うんスけど」
「いまのは? いまのは何の説明もないの?」
「? 俺、なんかしちゃったッスか? ただの喫飛竜ッスけど……あ、もしかして飛竜吸わない地域の方ッスか?」
「吸わない地域の方が主流なんだよなあ」
「何が楽しくて生きてるんスか?」
価値観の違いにウルウも真顔です。いつものことですけど。
野生種とは言え飛竜との触れ合いもあり、喫飛竜も嗜んだことのあるウルウですけれど、さすがに何の前触れもなく自然体で喫飛竜する根っからの喫飛竜者に会うのははじめてですもんね。あれは結構ビビります。
バリストさんは納得いかないという顔で首を傾げながら、納得いかないという顔で首を傾げるウルウに説明を続けます。異文化交流ですね。
「重飛竜ってのはまあ、ぶっちゃけ飛べない飛竜ッスね」
「飛竜なのに?」
「なのにッス。品種改良の話は難しいんでやめとくッスけど、まあ、飛んで戦う代わりに、咆哮を徹底的に伸ばした種だと思ってもらえればいいッス。空飛んでる飛竜は、強すぎる咆哮吐くと反動でふらついたり落ちたりするんで、あんまり強くは吐けねえんス。重飛竜はだからそもそも飛ぶのを捨てて、地面にがっしりしがみついて、固定砲台みたいに使う竜ッスね。安定して狙えて、安定して飛竜落とせる威力ッス」
私も実際に重飛竜が咆哮を吐くところを見たことがありますが、あれは本当にすさまじい威力です。正面から直撃してしまった哀れな飛竜が、一撃で四散してバラバラになって落ちてくるのはゾッとしないものがありますね。
「自分じゃあ飛べないんで、他の飛竜に運んでもらって、交代で砲座に就いて、飛竜が来たら撃つ。咆哮は強力ッスけど連続しては吐けないんで、撃ち残したのを飛竜乗りが狩る。こんな感じッス。確かフロントにもおんなじ感じの砲座があるらしいッス」
そうですね、私の故郷のフロント、その要塞や山岳にもこんな感じの拠点があって、重飛竜が控えていますね。
向こうでは飛竜が高く飛べないので、飛竜乗りは少なくて、ほとんどが地上に引きずり降ろして倒すことが多いんですけど。
大体フロントで半分くらい狩って、すり抜けたやつをモンテートで徹底的に落とします。
今は冬場で季節外れですからほとんど飛竜は来ないんですけれど、確かフロントでは一年で大体六十頭くらいは最低でも狩ってるので、モンテートにもそれくらい来てる計算ですね。雪のない一年の半分に限定すれば、月に十頭ですかね。三日に一回の計算ですけど、実際にはある程度群れてくるので、そこまで均一じゃないですけれど。
あ、この数字は集落なんかを襲撃して駐在騎士とかに討たれた数は含まれてませんので、もうちょっと全体としては多いかもしれませんね。
っていう話をウルウにしたら、
「修羅の国なの?」
って言われました。
シュラってなんでしょう?
用語解説
・老執事
センコレーロ(Senkolero)氏。
執事と言うより要塞の管理を見ている家令なのだが、わかりやすさを優先し、また実際に執事業も兼務しているため、ここでは執事とする。
決して怒らないと言われるほど冷静沈着。内心はどうだか知れないが。
辺境人としては珍しく喧嘩はからっきしだが、口喧嘩で負けたことは生涯ただの一度もなく、当主も良く泣かされる。
・バリスト(Balisto)
モンテート要塞に努める一等砲兵。
趣味は昼寝と喫飛竜。
飛び回らずに一所に八時間とどまっていていいとかいう重飛竜乗りを天職と思っている。
いまいち頼りなさそうだが、咆哮の的中率は断トツ。
左手薬指の爪だけ臙脂に染めている。
・砲兵
モンテート要塞においては成竜の重飛竜の乗り手を一等砲兵、観測手、また幼重飛竜の飼育などを手がけるものを二等砲兵と分類している。
・ボムボーノちゃん(Bombono)
重飛竜。十二歳の雌。卵の頃からバリストに育てられた。
体色はかなり濃い臙脂。
体長十メートル。全長(尾まで含めた長さ)十三メートル。翼開長四メートル。
体重はヒミツ。
左前脚第四指の爪だけ臙脂に染められている。
・重飛竜
飼育種の中でも、軽く早くとは真逆に、重く品種改良された種。
咆哮、つまりいわゆるブレスの威力を高められており、飛行能力はかなり低いが、地面をしっかりつかんで放たれる咆哮は戦術兵器クラスである。
飛竜が出た際の迎撃に用いられる。
ただ、飼育難度が高く、また咆哮も連発はできないので、敵の数を減らす程度の使い方。