「早子様!?」

声は母屋から。その声は、間違いなかった。

「湖雪!」

駆けだした湖雪に惣一朗から声がかかるが、無視して走る。

「早子様!」

母屋の寝室には、既に何人もの使用人が集まっていた。

「早子っ、どうした!?」

幹人が身体を揺するが、早子は目を見開き痙攣し声をあげている。

「幹人様っ、いかがされましたかっ?」

「湖雪っ、何も、いきなりだ……」

顔を蒼白にして湖雪を見上げる。湖雪は肌に何か異物を感じた。これは……

「湖雪、もしかしてこれが……」

傍らに膝をついた惣一郎が言う。

湖雪も同意だった。

夏居が桃花に遺した呪詛。夏桜の血を根絶やしにするために作られた呪詛が、早子にとりついている。ひとりひとりと、夏桜を殺すためか――。

「惣一郎様、しばしお時間と、またのお約束をください」

惣一郎はもう、何も聞きはしなかった。湖雪の右手を取り、繋ぐ。

「幹人様。早子様は、大事な御方なのですよね?」

「……湖雪、」

「行って参ります」

答えを待たず、湖雪は再び己を堕として行った。

夢と闇が入り混じる、渾沌の世界に。


―――答えなど、口にするまでもないのです――。