「みてきた?」
腕を緩めて湖雪の顔を見る。湖雪は一つ頷いて、立ち上がった。
向かう先は櫻に拘束された旭日。……彼女はもう、人間を失っていた。
「桃花(とうか)」
名を呼ぶ。夢の中で櫻が呼んだ名前。
「桃花。……あなたはずっと、夏桜を護って来てくれたのね」
櫻とゆきの忘れ形見。その命を、護ってくれた。
「鬼に殺されても、ずっと心はあった」
桃花は鬼に殺された。魂は迷い、人迷いになった。桃花の意識がなくなっても、夏桜の血を見守って来た。
それが、利用されても。
「桃花」
湖雪は桃花の頬に手を伸ばす。鋭い瞳で睨みつけられた。櫻が捕まえていなかったら、その牙で喰い殺されているかもしれない……。
「もう、大丈夫よ。桃花。……櫻も、ゆきも、ゆきこもみんないるから」
夢の中の名前をすべてさらした。桃花はぴくりと肩を震わせ、わずかに目を見開いた。
どの名前に反応したのかはわからないが、迷っても《桃花》としての記憶は少なからずあるようだ。
……櫻は何の反応も示さない。彼にこの鬼が誰か、わからないのだろう。
あくまで櫻の一部で、思念体の彼に、《ゆき》以外の存在の記憶はない。たとえ一緒に旅をして、ずっと傍にいたものでも、《ゆき》以上を望まない櫻には残っていなかった。
「……ゆきこ」
鬼が口を動かした、
「うん。ゆきこだよ。桃花、還っておいで。ここに、いていいから」