名を呼ばれ振り返れば、そこには桜の大木。彼が、呼びかけてきていた。
「櫻……」
そこには、鬼がいた。姿は見えない。しかし、視えた。
「そこに、いたの……?」
『桃花(とうか)を、助けてくれ』
「夏居(かい)―――!!」
同時に、怒声と子供の泣き声がした。弾かれて見れば、鬼の少女が血を流し倒れ、傍らにゆきこが震えながら寄り添っていた。身体を揺さぶり、鬼の少女に呼びかける。「おかあさん」「おかあさん―――」。
……冷たい少女は、何の反応もしなかった。
傍らに立つ、もう一つの姿が見えた。あれは――
『夏居は鬼になった。俺を殺すために、何度も殺すために、魔道に堕ちた……。鬼は、鬼の手にかかれば死んでしまう。桃花を助けてくれ――湖雪』
湖雪は鬼の少女に向かって走った。――だが、視界が歪んでいく。夢の終わり? 違う、自分の力が足りないのだ。助けなければ――櫻に助けてと言われた、あの命。
夢が終わる、その前に―――
「とうか――……!」
「――湖雪!」
はっと意識を取り戻す。
視界一杯に惣一郎が映った。
「馬鹿っ、何してんだお前は!」
怒鳴り、きゅっと抱きしめる。湖雪はちょっと笑った。
「……約束、護ってくださいました」
「当り前だ……っ」
腕の力が一層強くなる。ここに居てもいいと、伝えてくれる。
「惣一郎様……私、視て来ました」