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桜の古木に、少女が寄り添っている。
 
今までに視たことのない少女だった。

鳶色の長い髪を、頭の頂点で着物の仮帯で結びあげ、背中に流している。着物は袴姿と、巫女が纏う服に似ていた。顔は木の幹に押しつけているから見えないが、何者か、湖雪にはすぐにわかった。

……額を幹に寄せ、静かに眦(まなじり)から涙を流す少女。

「さくら……ゆき………」

少女は哀しげに桜の古木に呼びかけている。

「逢いたいよ……さくら……ゆき……」

「―――、」

旭日さん、とは呼べなかった。

彼女は、旭日本人ではない。……旭日が、鬼だった頃の姿。

湖雪は、しん……と音を立てずに歩み寄った。

呼び続ける鬼の少女の肩に、湖雪は手を置いた。

……触れられは、しなかった。

ここは桜の古木が数多持つ夢の世界。

本来湖雪は、存在しないもの。今は湖雪こそが思念体。

鬼の少女は、湖雪を認識しない。

届かない。

「ねえ、さくら……ゆきとは、一緒にいるの? 一緒に、いるよね? だって、ゆきはさくらのことを護ったし、さくらはゆきのこと、護ったもんね」

少女は古木を見上げる。湖雪ははっと息を呑んだ。……この少女は、《ゆき》と櫻と、同じ時間に生きたのか。

「さくらって名前、すきだったなあ……。さくらにぴったり合ってたから。さすがゆきだよね」

少女の唇の端に笑みのようなものが浮かぶ。