幻覚を見た影響か、目眩(めまい)で今にも倒れてしまいたいのをこらえる。旭日は、二年間湖雪についてきてくれた人だ。
妾腹の娘の世話など、誰もやりたがらないのを湖雪は知っている。三か月ともたずに変わってきたのが今までだ。それを旭日は、二年間通してきた。
屋敷でただ一人、湖雪を呼ぶ。『湖雪様』――と。
「旭日さんのこと、絶対に離さないでね。惣一郎様、私が何をしても、帰って来たらまた腕の中に置いてください。そしてまた、ちゃんと告白させてください。……惣一郎様に」
「湖雪、」
「旭日さん」
惣一郎を遮って、呼びかける。
「聞こえないなら、私がいきます――」
旭日の中に入る。旭日の持つ世界と、湖雪が視る他者の夢の世界を無理矢理繋げ――今旭日を喰らおうとしている鬼を、排除する。
……そしてまた、旭日に戻ってもらうんだ。湖雪は泣きそうになるのを、口元に力を入れることで耐えた。
すうー……深く息を吸い込む。
目を閉じ、身体の中に桜の古木を取り込む様にイメージし、描く。
咲き誇る雄大な桜。花の一欠片まで。
湖雪をこの屋敷に導いた、夏桜院の護り桜。
《ゆき》さんと櫻の願いを、叶えてくれたのなら。
この家に仕えてくれた、この人を助けてください―――
いつもは絶対に踏み込まない、夢の向こう側へ――意識を堕としていく。