「櫻はもう思念体でしかないから、実体を持つ今の旭日と同等には考えるな。人迷いになれば、鬼と人間は別の人格を形成する。人間として生まれた《旭日》は、確かにいるが――……いや、いたと言うに留めるべき段階まで来ている」

人間の人格が、鬼に喰われかけている――。つまりはそういうことか。湖雪の心臓は大きく跳ねることで意味を理解した。

旭日の短い髪が長く伸び、生きているようにうねる。

櫻は捕まえている手に力をこめた。惣一郎は湖雪を襲った鬼から切っ先を離さず、旭日だった鬼を見遣る。

――手遅れだ。

湖雪は歯噛みした。それに気づいた惣一朗が、湖雪の右腕を握った。

「旭日さんっ、聞こえる? 返事してっ」

惣一郎に片手で押さえられながらも声を絞る。

「旭日さん! わからない? 私のこと、わからないっ?」

届かない、声の一遍すら、鬼には意味がなかった。

「旭日さん――!」

目を閉じ、喉が壊れるほど叫ぶ―――

刹那、視えた。

旭日の中の、今まさに旭日の人格を喰らおうとしている、鬼の姿。

夢に未来を視るように、湖雪の脳裏にそれが閃いた。

「湖雪!?」

身体を崩しそうになった湖雪を惣一郎が支えようとしたが、湖雪は大丈夫と片手で応え、一人で立った。

「櫻」