ぼたぼたと涙が流れ落ちる。こんな気持ち、初めてだった。誰かに近づきたい、ましてや仲直りしたいなど、絶対に抱かなかった感情だ。
「……の野郎……」
音もなく立ち上がると、櫻は縁に上がり込んだ。
「さくら……?」
雰囲気が荒々しい。
「約束を違えやがった、あの野郎。殺しつくしてやる」
物騒なことを――しかし宣言していたことを鬼は実行するだけだ。
「やめてっ、惣一郎様は悪くないっ。私が惣一郎様の気持ちをわからなかっただけのことだからっ」
実体のない櫻をつかんで止めることは出来ないため、櫻に言いつのって引き止めようとする。櫻は足を止め、湖雪を振り返った。
「お前はあいつをどう思っているんだ?」
「どうって、婚約者……」
「位置名称じゃなくて、気持ちの名前だ」
湖雪は目を瞬かせた。
「気持ちの、名前……?」
「そうだ。お前が、あいつに向ける気持ちに名前をつけてみろ」
言われて湖雪は、心の中に探してみた。
初めて会話と言うものが出来た人。腕の中に置いてくれた。口づけをされては感情があふれてきた。
この感情の、なまえ。