彼は口元についた血を手の甲で拭って、湖雪を見据えた。その色気を含んだ表情にどきっとする。

「そ、惣一郎様! 血が……」

そう言うと、自分の口の中にも鉄の味が漂った。まさか、惣一郎の唇を噛んでしまったか?

慌て出す湖雪に、惣一郎は冷えた視線を向ける。

「……湖雪は、」

そして低く抑揚に乏しい声を出した。

「本当に俺と結婚してもいいと思っているのか?」

がん、と脳に杭を打ち込まれた感覚がした。その言葉に―――

湖雪は、刹那鼓動を止めてしまったような心臓に手を当てて、言葉した。結婚……惣一郎と、結婚する。

「それは……もちろんです。それが私のお役目ですから」

何度か繰り返した言葉は、一言も変わらなかった。その答えに、惣一郎の瞳が細められる。

「湖雪は――役目じゃなかったら俺と結婚する気はない?」

誰何するような語調に、湖雪は目の前が真っ黒になった。

『役目じゃなかったら』。

惣一郎と結婚する義務はない。

『惣一郎と結婚すること』。

それが夏桜院の跡取りの義務。

きゅっと、唇を噛む。鉄の味を口の中に閉じ込めた。

――湖雪は、夏桜院の娘だった。

想いを口にすることは、ならなかった。