思えばこの子とは、一昨日出逢ったばかりなのだ。それがその翌日には一緒に暮らすようになるとは、さしもの惣一郎も考え及ばなかった。……いや、自分で言いだしたことなんだけれど。
……それが、嬉しかった。
俺が、この子の婚約者でよかったと心底から思う。この子が俺の婚約者で、心底嬉しく思う。
……こんなに壊れそうに儚い少女を、護れるのが自分でよかった。
いつ、こんな自分になったのだろう……。
「のろけか、莫迦(ばか)餓鬼が」
櫻が腕を組んで半眼で睨んでくる。
惣一郎は苦笑した。
「ははっ。倖(しあわ)せはからかわれるものだって、たった今知ったよ」
倖せと、今の自分を形容出来た。この子を、腕の中に置いていられるこの瞬間。
「……気分が悪い」
一言言い放つと、櫻は身を翻した。
「櫻っ?」
慌てて湖雪は呼びとめた。櫻は、ん? と声だけで答えた。
「櫻は……帰ってこられたの?」
湖雪の問いを、今度は櫻が一笑に伏した。ふわっと目元を緩める。
「俺はこの樹に住み着いているんだ。ここへ戻ってくるしかない。だから、ずっとお前を見てきた」
優しくそう言って、深紅の髪が揺れた。
櫻の姿が、また風に融けていく。
「……櫻とは……鬼とは、存外優しいものなのかもしれないな」