言葉では惣一郎に叶うべくもない。湖雪は毛布を惣一朗に押し付けて、上掛けを被って縁側に続く障子戸の脇に座った。
「ではお布団は私が使わせていただくのでこちらに寝ます」
寝転がってみれば、大して障子戸側が寒いことはなく、むしろ桜が近い分安心した。惣一郎といると心臓が騒いで仕方なかったのだ。
古木の鼓動を感じる。
脈打つ音が聞こえる。
「おやすみ」
惣一郎の言葉に、湖雪も同じく返して――そっと目を閉じた。
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桜の袂に女性を見る。
長い髪を結いあげて背中に流し、纏う衣は大陸風。
異質のようで、しかし満開の古木に馴染んでいる。
桜の古木が、女性に呼びかけていた。
『 』
『 』
『 』
音にならない名前を、何度も何度も呼び続ける。
しかし女性は振り向くこともなく天を見ている。遠く――果てなく届かない旻(そら)。
桜の姿が哀しげに揺れた。
その声は、一度として女性には届かなかった。
桜が、泣いている。