湖雪は学校に向かったところを櫻によって海まで連れてこられたのだ。……というかあの鬼、惣一郎が現われなかったら湖雪を一人でどうするつもりだったのだろう。
あとで問い詰めなければ。
「問題ない。俺が連れだしたと言うから」
「えっ、それでは惣一郎様が……」
声をあげた湖雪を、惣一郎は笑顔で制した。
「だから、問題ないと。俺は分家ではあるが、血筋の関係上、その中での発言力は父上を越えて夏桜院のご当主に次ぐ。直接の進言も叶う。だから、俺が直接ご挨拶させてもらうよ。湖雪に逢いたかったからと」
……湖雪はいい加減真っ赤になるばかりの自分が馬鹿に思えてきた。惣一郎は赤面発言ばかりしてくる。これは慣れるしかないのだろうか?
――そういえば、とはたと気づく。
惣一郎を振り仰ぐと、惣一郎は、ん? と湖雪を見返してきた。
「今、湖雪と……?」
名を、呼び捨てにされた。ぽつりと湖雪が言うと、惣一朗ははっとした顔になった。
「あ、……ああ。いつの間にだろう……」
指摘された惣一郎は、今度は彼が紅くなって口元を押さえた。
その姿に湖雪は、初めて男の人が可愛く見えた。……触れたい、と思った。
「呼んでたんだ。……恥ずかしい話だけど、……………心の中で」
惣一郎は口元を押さえたまま喋る。
「心の?」
「うん。……婚約者が《湖雪》という名の子だと知って……ずっと、呼んでいた」
名を、呼ばれていた。
夢の中、未来のこと。『湖雪』――と。《ゆき》ではなく、自分の名。
「……惣一郎様の子供なら、ほしいです」
「!」
小さく爆弾を投下した湖雪に、惣一郎は空気が抜けるようにしゃがみこんで、両手で顔を覆った。