長い時間、惣一郎の顔が間近にあった。湖雪は瞬きの一度すら出来ない。
唇から感触が消えて、また耳元に囁かれた。
「俺は湖雪と結婚したいってことだ」
その一言で意識が戻り、今起こったことが何か理解した湖雪は、肌を真っ赤にして―――……魂が抜けてしまった。
「こ、湖雪!?」
惣一郎の慌てふためいた声は、湖雪の耳を素通りした。
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ぶすくれた湖雪の機嫌は電車を降りてもなかなか治らなかった。
「湖雪……いい加減こっち向いてくれ」
困ったような惣一郎だが、隣を歩く湖雪は反対方向を向いたまま一言だって返さない。
「悪かったよ。そこまで嫌だったとは……。次から自重する」
「違いますっ。別に嫌だったわけじゃなくて恥ずかしかっただけですよっ」
言ってから、あ……と口元を押さえた。今自分……何を言った……?
またも顔が真っ赤になる湖雪の頭を、にっと笑った惣一郎はそっと抱き寄せた。
「嫌じゃなかったんなら、次もするよ?」
「……っ」
この人の囁きは最早凶器に等しい。
「っ……、……人前でしたら血塗れの未来を視ますよ」
湖雪は精いっぱい惣一郎を睨みあげる。
すると、それは怖い。やはり自重だな、と惣一郎は笑った。とても楽しそうに。
「……そ、それより惣一郎様、今考えたのですが、私下手したら失踪していたのかもしれません」