「桜の子……? 私は雪の日に生まれたから《雪》の一字をつけられたと聞きましたが」
「ああ、そうじゃなくて、湖雪さんの評判っていうのかな。通り名みたいなもののことだ。夏桜院の桜が導いてこの世に授かった命。そういうのを分家の間ではこう呼ぶんだ。――《桜の子》」
桜が導いて生まれた命。
それは、きっと。
「……そうかも、しれませんね」
桜の樹が自らに宿した鬼は、《ゆき》の魂を待ち続けた。夏桜院に生まれる《予言の子》は、《ゆき》の生まれ変わりだったようだ。
桜が咲く時に生まれるのは、鬼に呼ばれて生まれ落ちる命。
《夏桜院湖雪》は、鬼に導かれて誕生した。
「湖雪さん、俺が婚約者でよかった?」
つと、惣一郎の瞳に捉えられた。
「……それは、どういう意味です?」
意味が計りかね問えば、惣一郎は湖雪の頬に手を伸ばした。優しく、冷たい手が触れる。
「俺と結婚してもいいのかってこと」
そう言って、真正面から瞳を捉えられた。
―――かおが、近づく。
「……それが、私のお役目ですよ?」
定型文の湖雪の答え。
湖雪の中の、間違いない答えは揺らがない。
「……俺は、俺でよかったと思っているんだけど?」
惣一郎はちょっと不機嫌そうに小首を傾げた。
「……惣一郎様は言葉少なのような気がしてきました」
湖雪の眉根が寄る。
「そうか? じゃあ」
わかるように教えてあげる―――。
そう囁いて、後頭部を押さえられた。顔が近づく。―――触れたのは、唇に。