「本当にお一人で来られていたのですね」

人の少ない電車に揺られ、隣に座る惣一郎に言う。今、三両編成の電車のこの車両には、おじいさんが一人しかいない。かなり田舎の方に連れて来られていたようだ。惣一郎に地名を聞いて、湖雪は目を丸くした。そんな遠くに……。

「うん。本当に時々しか来ないけどな。その時々で湖雪さんに逢えたのは偶然の幸運だった」

惣一郎は柔らかく答える。

電車には、惣一郎に導かれて乗り込んだ。

駅までの道すがら話を聞いたが、惣一郎は時々学校に行かずにふらりと出掛ける―――サボタージュしては電車で出歩くらしい。そして今日、偶然海に来ていた惣一郎は、偶然海に連れてこられた湖雪と再会した。

「朝別れたばかりだというのに、気が合うな」

「……だと、嬉しいですね」

湖雪は微かに照れながら目を惣一郎から逸らした。……この人は気障(きざ)な台詞が多い気がする。身体がこそばゆくなって頬が熱くなる。

それでも……そのときの笑顔が、とっても嬉しい。

昨日からがらりと変わった惣一郎の表情。昨日は機械的にしか湖雪を見ていなかった。だから湖雪も、この人も、私を夏桜院の跡取りとして婚約させられてしまったから結婚するのだと思っていた。まさかこんな……恋人みたいに隣にいられるなんて思わなかった。

「櫻、って名前の鬼か」

惣一郎の瞳が向かいの窓の外に向く。

その名が、惣一朗にとって愛おしくすらあるように。

「私も、不思議と受け容れてしまっているので、鬼と言われてもピンとはきませんが」

……それは、自分が《ゆき》だからなのか。