婚約者に、突如恋人みたいな発言をする男が現れた。許婚と恋人は別ものだ。湖雪に恋人がいておかしいことはないが、この子にそういう存在は似合わない気がしたし、何より格好が格好の言ってしまえば不審者抜群の男だ。とにかく湖雪から離さなければ。

惣一郎は櫻の腕を摑み――違和感が、あった。

「――お前、なにものだ?」

誰何(すいか)した。

惣一朗には、この不審人物が人間のような感じがしなかった。

「さあな。俺はもう人間でも鬼でもないよ」

櫻の答えに、惣一郎は目を見開く。

「――鬼?」

その言葉を聞き咎め―――惣一郎は腑に落ちた。

「鬼……なのか? お前は――いや、卿(けい)は―――」

「さあなと言っているだろう」

櫻は投げやりに答える。さて、こいつはどうするんだろう。湖雪を――どうするんだろう。

惣一郎は腕から手を離し、両手で櫻の手を握った。ぞわっと鳥肌の立つ櫻。何で男に手を握られなきゃならん! しかも何か目が怖い! キラッキラしているんだが! ……ん? 手を……握られている……?

「本当か?」

……何故か、瞳がきらきら輝いている惣一郎。気圧された櫻は思わず半歩身を退いてしまった。

「惣一郎様……?」

やっとのことで口を開けた湖雪は、子供のように期待に満ちた瞳の惣一郎の名を呼ぶだけだった。

「本当に、鬼なんだな?」

念を押す惣一郎に、櫻は半眼になりながら答えた。こいつは……そうか。