突然呼ばれた名前に、湖雪の両肩がびくりと跳ねる。
「……惣一郎様」
声の方へ振り返ると、虹琳寺惣一郎がそこにいた。
一人、詰襟の制服姿でこちらを見ている。
学校にいるはずの湖雪がここに居るのを不審に思っているのか、それとも季節に合わない浴衣姿の男が傍らに居るのを不思議に思っているのか。
……どちらにしろ、湖雪には危険だった。
学校に行かずこんな場所に居たことも、夏桜院に知られてしまえば湖雪の立場は今よりも悪くなる。否、今も地ほどに低いが、今度は迫害というものになるかもしれない。
固まってしまった湖雪に、櫻が囁きかけてきた。
「あれが惣一郎?」
湖雪は答えられず、細く震えだした。どうしよう……よりによって、惣一郎に見つかってしまった。
惣一郎はつかつかと歩み寄って来た――湖雪の前まで来ると、櫻の腕を摑んだ。
「何者だ」
「貴様は?」
櫻は動じることなく返す。
「俺はこの子の婚約者だが」
「そうか。そういえばそうだったな」
言い、湖雪の頭に手を置いた。
「湖雪は俺の大事な子だ」
その言葉に、惣一郎の眉間が厳しくなる。