湖雪は呆然と呟いた。
だから、私に死ねと。この身体は《ゆき》のものだから。
意識である《湖雪》を殺して、《ゆき》を取り還す。
……そういうことなの……?
「そうだ。腹が立った。俺がなりたくてもなれなかった人間を諦めてるお前に腹が立った」
だから――と続けた。
「お前は生きろ。生きて、ゆきが叶えられなかった未来を見ろ。そして終わって死ね」
残酷な言葉は、しかし湖雪に力を与えた。
《生きる》ために必要な、勇気。くっと唇を噛んだ。
「じゃあ、櫻はどうするの? ずっと待ち続けていた人を、取り還せなくてもいいの?」
「構わない。俺は次の魂を待つ。お前が生き抜けば、次の奴はそんな風に生きることもないだろう」
櫻は、ふわりと笑った。
その笑顔すら懐かしかった。
湖雪の中の、何かが知っている。
湖雪は手を差し伸ばした。気づかなかった。―――桜に触れることは、出来ない。思念体の櫻は、実体を持たない。
「でもさっき……車の運転……」
していたよね? と問うと、櫻はうなずいた。
「こう、ちょっとな、力を加えると実体を持つこともできる。すごく疲れるから滅多にやらんがな」
と、手を握ったり開いたりしてみせた。湖雪が触れることはなかったが、ここまで来た経緯を考えると、それは本当なのだろう。
「――湖雪さん?」