「やがて、《鬼》が出ると噂され、人間は家から出なくなった。鬼とは人間にとって恐怖し、忌むべき相手だったようだな。俺は定住することが出来なくなって放浪し、目についた人間も、つかなかった人間も暴力のままに害した。何だろう――人間に絶望してしまったのか……? うーん。いまいちわからないんだが、俺は人間に憧れていたんだと思う。俺を認めてくれない彼らを――ならば殺してしまえと思ったのかもしれん」
「かもしれん……?」
何でそんなあやふやな言い廻しをするのだろう。
「俺はその頃に生きていた《櫻》の一部に過ぎないんだ。総てを憶えているわけではない」
「……………」
「続けるぞ。そして、そんな俺は人間に殺されそうになった。しかし鬼の長所というか、性質は長命みたいでな。俺を殺そうとする人間を俺は殺しきることが出来ず、俺は瀕死になりながら彷徨った。そして、夏桜院の奥方に助けられた」
櫻は記憶を視るように優しい瞳をしている。
櫻の姿――衣が出逢ったときの夜色の浴衣に変わっていく。
「彼女は《ゆき》という名で、地方の貴族の妻だった。その頃の苗字は《夏居(かい)》と呼ばれていた。死にそうで死ねない俺を見つけたゆきは、山奥の庵に俺を匿って、治療してくれたよ。本当に甲斐甲斐しく。……俺は初め、ゆきを殺そうとした。あの、人間を諦めているような顔に腹が立った」
《ゆき》。櫻が湖雪に向かって呼んだ名だ。
櫻が湖雪を通して見ていた姿。ああ、そうだ。見たことがあると思ったあの姿――母に似ていたのだ。
血縁だから、姿が似ているのは当然といえば当然。自分を見ているように感じたが、湖雪は《ゆき》に、今は消えた母を求めていたようだ。櫻はゆきを求め、その子孫である湖雪を見つけた。湖雪は、姿の似ている母をゆきに見ている。
堂々巡りの輪は、櫻によって終わった。
「そして……櫻は助かったの?」