「俺の場合は漂う黒い影でしかなかったんだ。何とも呼称されず、ただそこに在った。鬼でもなく、神でもなく、ましてや人間でもなく。それがいつの頃か――人間が当たり前に地上を歩くようになった頃かな。俺に意思が宿った。そして、人形をとることが出来るようになっていた。どういう原理かなんてのは、知恵も知識もない俺にはわからないが、俺は人間と違わぬ姿を手に入れた。そして、人間に紛れて生きてみることにした。当時の俺は人間が何かわからなくて、《生きている》ことや《死ぬ》こと自体を知らなかった。何十年も姿形の変わらぬ俺を見て、時間とともに姿も変わり命を終える人間たちは不審な目で見てくるようになった」

「……………」

櫻は淡々と、滔々(とうとう)と語る。

「迫害――というものを受けた。人間に追われ、殺されかけることも多かった。俺は……その度に返り討ちにした。何百、何千の命を食らってきた。俺が――人間として生きるために邪魔な奴らを」

「………っ」

湖雪は奥歯を噛みしめた。人間は、排他的だ。違うモノを容れようとはしない。

人外である櫻は、排他されようとしていたのだろう……。

「そんで、まあ……そのうちに俺は《鬼》と呼ばれるようになった。これも、原因とかよくわからん。人間が俺をそれだと定義したってだけだからな。まあ今では、人間を殺戮したことかもしれない、とは思うが……。しかし、一度それと認識されれば、俺はそれ以外のなにものにもなれなかった」

湖雪は、時々瞬くだけで身動(じろ)ぎ一つせずに聞く。