「櫻?」
「あ、ああ……悪い」
幸い、海岸沿いで車がなかったからいいものの、こんな信号でもないところで急停止すれば事故に遭ってしまうかもしれない。
「どうしたの?」
不審に思って訊ねれば、櫻は険しい顔をした。その表情に湖雪も不安になってきた。
鬼は無言で車を走らせ、岬にやってきた。
「湖雪、降りられるか?」
櫻に促されて、湖雪は車を降りた。草を踏む感覚。そんなことも新鮮だった。
櫻は先を歩き、岬のへりまでやってきた。湖雪はそこから海を臨んだ。
「わあ……っ」
波が打ち寄せては消えていく。雪より儚く、けれど溶けはしなかった。
飛沫が時折岬まで飛んでくる。
「櫻、すごいのね、海って」
振り向けば、櫻は微笑んで湖雪を見ていた。柔らかく、あの人に見せていたものに似ていた。
「……湖雪、俺の話だ。聞いてくれるか?」
真剣な眼差しで言ってくる櫻。湖雪は軽く頷いた。その答えに、櫻は安堵したように力を抜いた。
「俺は、夏桜院の開祖に命を助けられた、開闢の瞬間(とき)に生まれた何かだった」
「かいびゃくの……とき……? 何かって?」