「? ひとまよい?」
「噛み砕いて言えば、人間になりたくて彷徨っている鬼のことだ」
「……」
……湖雪は噛み砕いて言われても意味がわからなかった。
「聞きたいか? 俺のこと」
櫻は湖雪を見て、にやっと笑った。
湖雪は視線を櫻から海に戻した。聞きたいなんて……言われたら、素直に言えなくなる。
海を遙まで眺める。
「……櫻のことは別にどうでもいいんだけど、あの人のことは知りたかったりする」
「あの人?」
櫻の問いに、湖雪は海を見ながら言葉した。
「……雪の降る中……桜の袂(たもと)。漆黒の長い髪の女性が天に手を伸ばして呼んでいるの。―――『さくら』」
夢を視た。あれは桜の古木の視た過去夢だろう。湖雪の意識が桜の樹の中に潜り込んで、それを視せたのだ。湖雪にある異能は、先見だけではない。そういった、他者の夢の世界を見ることもある。どれも湖雪にコントロールは不可能で、いきなり夢に視るから予知夢も過去夢もごちゃ混ぜになってしまっているが。
湖雪の言葉が終わった途端、ガッと車は急停止した。湖雪は勢い余ってガラスに頭をぶつける。
「~~~っ、櫻ぁ!」
睨みつければ、櫻は湖雪を見て呆気に取られたように口をぽかんと開けていた。