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「どうだ? ここは綺麗だろう」

車は海辺を走っていた。砂浜に沿って造られた道路は、ずっと遠くまで海が臨める。

「うんっ」

得意げに言う櫻に、湖雪は我を忘れて破顔した。

海を見たのなんて記憶にある限り、はじめてだ。夏桜院に入ってからは、学校と幹人の用事で出かける以外に家を出たことはなかった。しかしどこか懐かしくも感じられたのは、もしかしたら母と来たことはあったのかもしれない。

「湖雪は可愛いな」

櫻の呟きも、窓に顔を貼り付けて凝視する湖雪は耳に入っていないようだ。

「湖雪」

車が停車して、ちょんと袖を引かれて顔を向ければ、櫻が湖雪に助手席を示した。

「こっちの方がよく見える」

そう言って、櫻は車を降りて湖雪の乗って入る側の扉を開け、湖雪を導いた。

湖雪はおどおどしながらも、助手席に座る。

櫻は運転席に戻り、窓を下げた。寒風が海の匂いを車の中に連れてくる。

「寒っ」

首を竦めた湖雪は、しかし笑顔だった。

「今は冬だからな、寒いのは仕方ない」

櫻が再び車を発進させる。

「櫻って、自由な鬼なのね」

ちょっとだけ櫻を見ながら言ってみる湖雪。

鬼が車を運転したり海を見せに来たり。本来囚われない存在のような気もするが、ここまで現代に染まっているとは。

「ま、俺は人迷いと呼ばれる種類だからな」