若々しい声だった。
たぶん、この家の一番偉い人が居るのだろうと思っていた少女には意外だった。もっとしわくちゃな声なんじゃないかと思っていたからだ。
「中へ」
顔を上げて、部屋の中へ入る。
中に居たのは厳格な表情の一人の若い男性と、唇にさした紅のよく似合う女性、もう一人、年かさの女性だった。
―――威圧感に吹き飛ばされそうになる。紅の女性から向けられるのは、威圧感を通り越して呪いでもかけそうな視線だった。
「……お約束通り、娘をお連れ致しました」
母が俯き、か細い声を出す。男が一つ肯く。
「ならばさっさと去ね。ここはあなたのような下賤の者が来ていい場ではない」
年かさの女性が吐き捨てるように言う。
母はくっと息を呑みこんでから、音もなく立ち上がった。
「おかあさん……」
少女はすがる様に声を出したが、母は少女を一度も見ずに部屋を出て行った。
……おかあさん……?
「湖雪(こゆき)。今日からお前はこの家の娘だ」
男の声に湖雪の意識が現実に戻る。
母の背は戻ることなく障子戸が閉められ、どうして母がいなくなったのかわからない湖雪は答えを求めて男を振り仰いだ。
「私は夏桜院幹人(かおういん みきひと)。今日からお前の父親だ」
男―――幹人は、到底優しさなど見えぬ淡々とした声音で告げた。