この家に迎え入れられたのも、総ては世継ぎを残すため。夏桜院の血を引く湖雪の――彼女の役目。
代わりはたくさんいる。けれど母に捨てられた日から、湖雪はここで生きていくことを定められた。だからそれが、湖雪の存在理由。
それを鬼は、哀しいと言い表した。
《鬼》にそう感じる心があることはとても意外だったが、櫻の言葉は優しかった。
優しく、甘噛みの傷をつけた。……じくじくと、痛む。
「よし、湖雪。俺がお前を生かしてやる」
櫻は、これぞ名案とばかりに言った。
「………は?」
「湖雪。お前は生きろ。いや、俺が生かしてやるよ。生きたいと思えるほどのことを、俺があげよう」
……この鬼、さっきは『死ね』と言わなかったか? それが何故湖雪を『生かす』という話になるのだ。
障子戸がわずかに軋んだ。
櫻が手を当てて来たのだ。
「よく考えればまだ冬。お前は十五にも満たぬのだろう? 時には早かった」
からからと笑って、湖雪が反応せずにいると、ぴしゃっと障子戸が開け放たれた。
湖雪は反動で横に身体を崩し、膝をついて呆然と素っ頓狂なことを言う鬼を見上げた。
「今日より俺がお前の名を呼ぼう」
にこやかに、鬼は牙を見せた。