「……哀しい?」

「人間の心が見えない」

そんなこと、とは言えなかった。言われても反論の言葉など浮かばなく、心に波一つ立たなかった。

確かに、そうかもしれない。そう思った。

しかし。

「それを、鬼であるあなたには言われたくはないです」

湖雪は、当たり前のように彼が《鬼》であることを受け容れていた。人間でないものの存在を、湖雪は疑問を持つことなく容れていた。

「口は達者だな。だがな、それは俺だから言えることだ。人間に人間の心は不可解だと聞く」

「………」

湖雪は何も言わず、障子戸を閉めた。……その通りだと思ってしまった自分を隠すために。

「あっ、おいちょっと待て!」

櫻は慌てて手を伸ばしてきた。閉まりかけた障子戸の隙間から、湖雪は冷たい視線を櫻に向けた。

「今更ですがあなたは不法侵入もいいところでした。惣一郎様は見逃されるお方だとしても、あなたは早く去った方がいい」

戸を完全に閉め、庭に背中を向ける。

「惣一郎様? ああ、許婚という奴か。あいつもそれには苦労していた。やめておけ、馬鹿を見るぞ」

「馬鹿を見ても構いません。それが私の役目ですから」