それを見た惣一郎はくっと笑いを噛み殺し、自分の唇に親指を当て、続いてその指で湖雪の唇をなぞった。
「……! 何をっ」
「続きは、また今度な」
最後、湖雪の頭を胸に抱え込み、そう呟いた。
湖雪は呆然としてぺたっと座り込んでいることしか出来なかった。
「それではまた、お逢いしましょう」
惣一郎は言い残し、去って行った。
雪を踏む音も軽く、彼は振り返らなかった。
「何なんだ、あいつは」
放心状態の湖雪に、また声がした。
湖雪は反射的に振り返り、目にした。異形のその姿。
「……――あなたっ」
「醒めたか? 湖雪よ」
男は桜の樹の枝に足をかけ、逆さまにぶら下がっていた。
ざんばらの深紅の髪は後ろで細く束ねていて、伸びた部分以外の長さは肩につかない程度だろうか。端整に整った野生的美しさの容姿。綺麗と表現できる惣一郎とは違った意味で整っている。衣は雪が積もるこの時分にはかなり寒いだろう夜色の浴衣姿だった。
「……誰……?」
「ん? 忘却したか、湖雪よ」